vol.9 天才・山中貞雄監督の名作が4K修復で鮮明に【後編】
2020.10.23(金曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。vol.9は、第33回東京国際映画祭「日本映画クラシックス」部門で上映される<山中貞雄監督作品の4K修復>にフォーカス。【前後編】と2回にわたってお届けする【後編】です。



将来を嘱望されながらも、戦地で帰らぬ人となった山中貞雄監督。若き天才の悲痛な運命は多くの映画人に衝撃を与えたことは想像に難くありませんが、何よりも子どものころから傾倒していた映画の道に入るも志半ばで戦場に赴き、「遺書」で同志に映画の将来を託したご本人の無念はいくばくかと、胸が痛みます。

 

もし生還していたら、後世にまとまった形で遺った映画がたった3本ではなく、戦後も映画をつくり続けることができていたならば、映画好きな方のみならず広く知られた"日本映画界の巨匠"のひとりとして、多くの方の記憶に刻まれる存在であったかもしれませんね。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』は、いずれも80年以上前の作品ですが、時を経ても古さを感じさせないユーモア、人情、軽妙なやりとり、テンポの良さ、そしてアクションと何拍子も揃った傑作。これが4Kデジタル修復によって、グッとみやすく蘇ったのです。


フォーカスvo.9【前編】では<映画祭上映経緯>から<音声修復>までをお伝えしました。前編をお読みになってない方はコチラからご覧ください。【後編】では<映像修復>についてお届けします。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』を4K修復<映像修復編>

<映像修復>をおこなうのは、「デジタルレストレーションルーム」。

ここでは、フィルムからスキャンされたデータの、ゴミや傷、カラー、揺れ、フリッカーなどをデジタル上で修正します。


演出上の意図は人が判断

古いフィルムは物理的に劣化をしており画がガタガタしていたり、明滅していたりします。また、縦に白い線が入ったりしているのは、フィルム走行時に何かに接触し、それが傷になったものと思われます。白い点々は、ゴミやカビです。これらを除去するには、まずある程度の自動処理を行います。

(実際の画像比較/左:ビフォー 右:アフター)


このようにきれいになったかと思います。自動処理は、コンピューター上で計算して行いますが、意図したもの以上に余計なものを除去してしまうことがあり、万能ではありません。

例えばお侍さんが振っている刀の一瞬の光は、白い点のようにみえるので、ゴミとして認識されてしまいます。そういった場合はスタッフが目視で元に戻したり、反対に自動で消えなかったものを手動で修正します。最終的には1コマ単位の確認・修正作業になります。

この映像では刀の先の白い部分がゴミだと認識され、なくなってしまいましたので、手動で戻しています。

(左:ビフォー 中:自動処理 右:アフター)


また画の揺れは、演出上のカメラの揺れなのかどうかをコンピューターでは判断できませんので、そういった演出意図は人間が判断して調整します。

フィルムが古くなると、縮んだり、物理的に形態が変わったりして、それが揺れの原因になります。さらに今回の素材はプリントということで、フィルムからの焼き付け時にも揺れがおきていますので、本来の演出ではない、元々は存在しなかったと思われる部分は修正しました。

他にも、フィルム上の繋ぎ目の補修跡は自動処理されないので、前後の同じような絵柄をみつけて手動で補完していくというアプローチをします。また、画がグニャーっと伸びていたり、フィルム自体にダメージが大きく出てしまっているところは手動で行っています。

制作当時の素材を最大限活かす

今デジタル補修のやり方は色々あり、CGのように新しい画を作ってしまうこともできるのですが、今回の修復では「残っている要素をすべて活用する」という方針で行いました。まったく別の素材から画を持ってきて新たに作り上げることは行わず、フィルムの前後のコマや1コマの中の一部にでも残っている素材を活用して修復しています。

我々のような後から作業する人間の手によって元々なかったものを付け足す、ということはともすれば作品の改変につながってしまうので、便利なデジタルの処理はその使用の目的や、結果を慎重に判断していきました。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』修復の難所

『丹下左膳余話 百萬両の壺』の修復では、さらなる挑戦だった部分が2か所あります。

まずは欠損部分の補完です。フィルムに黒コマが入っていて、画が存在しない部分があります。1コマ、2コマ程度の補完作業も少なくありませんが、今回は最大連続して26コマにも及ぶ欠損部分がありました。

ここまで長く画がなくなってしまっていると、従来は直しようがないというほどの難所でした。ところが、この黒コマが続く部分には主人公・丹下左膳の「主はどうした?主を出せと申しておる」というセリフが入っていました。


おそらくこのプリントが出来上がる前に、画の原版にのみ切断等のトラブルがあり、一方トラブルのなかった音の原版とタイミングをあわせるために同じ長さの黒コマを差し込んだと思われます。画面全体が黒くなってしまうと鑑賞の妨げになってしまうことになり、丹下左膳が啖呵を切る、見せ場のシーンがそのような状態であることは望ましくないと判断し、今できる技術を用いての自然なコマ補完にチャレンジしました。

チャンバラの最中のような動きの激しい映像ではなかったことも幸いし、前後のコマの画を利用して足りない映像を合成し、表情や口の動きは繰り返し発する台詞の動きを流用することで全体を再現しました。当社が請け負った修復作業史最大尺の補完でしたが、違和感なく仕上げることができました。

(黒コマ補完修復前)


(黒コマ補完修復後)


もうひとつは、公開当時検閲でカットされ、今回の素材となったプリントでは失われていたチャンバラシーンの復活です。該当のシーンは、戦前に作られた玩具フィルム(作品の名場面を集めたダイジェストや、上映が終わったフィルムを流用して作られたサンプルや商品)に残っており、過去に発売されたDVD作業の際にも復元・挿入が実現していました。

前回はすでに存在していたSDレベルのデータを使用しましたが、今回は以前に使用したものより精細さがあり、多くの情報が残っている上位素材を4Kスキャンの対象として国立映画アーカイブさんからご提供いただくことができました。

しかし、フィルムの成り立ちが異なることも影響し、本編素材とは画質がまったく違いました。損傷が激しく、コントラストも少なく、カビやゴミなどの汚れもありました。単純にこの素材を挿入して、DCP上でも最長版を作るだけでなく、より前後の違和感が無いような均一化を図ろうとチャレンジしました。

画質改善はもとより、前後のカットとの明度差やコントラストの表現を調整する必要がありました。違和感のないように仕上げるために、画像のレストア作業後にグレーディング作業でも調整を追い込んでいます。様々な工程を経て、何とか違和感なく観ていただけるように修復しました。

(左:ビフォー 中:アフター 右:グレーディング後)


『丹下左膳余話 百萬両の壺』に関しては、全体的な解像感や質感の圧倒的向上に加え、黒味を補完した修復、それからDVDとは違う新たな素材を修復して挿入したカット、これが従来との差であると思います。

特に挿入部分については、DVDの元となっていた素材との解像感の差により精彩さが格段に違いましたので、クオリティの高いものとなりました。従来に比べて、かなり自然に観ていただけるのではないかと思います。

従来見えなかったものが見えてきた

『丹下左膳余話 百萬両の壺』はフィルム自体に多くの情報量が残っていたのですが、従来のHDやSDの解像度では引き出すことが出来ず、適切に描写できないところがありました。今回4K解像度のスキャニングによりディテールがようやく再現できるようになり、そういったところをなるべく失わないように修復しました。

例えば、着物の柄や襖の模様、髪の毛の艶や眉毛など。オリジナルネガではなくプリントではあるのですが、それでも4Kの恩恵はとても大きいものでした。丹下左膳の表情もより鮮明になり、喜怒哀楽の顔の動きまでがわかるようになりました。

『河内山宗俊』は、既存のHDテレシネ素材からデジタル上で4Kに変換しました。35㎜から16㎜に縮小されたフィルムが元素材のため、素材に起因して全体的にぼんやりした印象でしたが傷やゴミを除去し、解像感を高めるような変換処理を行うことで精細さを高めています。

また、この作品は特にカットやシーン単位での明るさのバラツキが多く、オリジナルのネガやプリントを想像しながら丁寧にグレーディング処理を施しました。

(左:ビフォー 中:アフター 右:グレーディング後)


4K解像度の恩恵の一つとして、精細さだけではなく色味やコントラストのグラデーションが従来よりも豊かに表現できるようになり、画面の奥行や空気感が感じられるようになりました。特に『河内山宗俊』は夜のシーンが多いのですが、夜のシーンがより夜らしく、艶やかにになったと思います。

鮮明になったぶん苦労も

元素材の情報量が多い『丹下左膳余話 百萬両の壺』は、画が美しく細部まで見えるようになったため、その分ゴミや傷も鮮明に見えてしまうので、画の美しさはそのままに、傷とゴミだけを消していく作業は難しいものでした。

特に縦にひっかいたいような傷が多く走っていて、それを消すことに大変苦心しました。というのも、やりすぎると傷ではない、元々の画にある縦の線、例えば格子なども一緒に消えてしまいます。そうならないように傷だけを消しつつ、画の質は損なわないという落としどころ見つけるのが非常に難しく、それが少しのシーンではなく、全体にあったのが大変でした。

(実際の画像比較/左:ビフォー 右:アフター)


修復は目的によって考え方は様々

修復にもいろいろな考え方があり、比較的費用を抑えてシンプルにデジタル化するものから、学術的観点で研究目的に大きな費用をかけるものまであり、作品の性質、依頼者の考えなど踏まえて、方針を立てて行います。

デジタル修復の技術は以前よりも進化していて、大きなシミや画面上の揺れ、明滅(フリッカー)、フィルム特有の粒子のマネジメントなどは今の技術になってようやく出来るようになったところですので、技術者としてはいくらでも時間をかけて、もっとやりたいという気持ちはあります(笑)。

映像修復担当として、ズバリここに一番注目してほしい

両作品とも過度なデジタル加工はせずに、じっくり丁寧に素材を活かして仕上げた自信作です。最新の技術を用いて再現した、限りなくオリジナルに近いアナログの質感の中で、それぞれのフィルムが本来描写していた趣を引き出すことを目指しました。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』では、4Kで鮮明になったセットや着物、小道具はもちろん、登場人物たちの一挙一動やその表情まで注目してみると、より物語の可笑しさ、面白さが味わえると思います。

そして『河内山宗俊』は作品が持つ深みや情緒が、映像そのものでも表現できるようになったと思います。月の明かりや夜の町の灯に照らされる人の仕草も、ノイズや揺れに邪魔されることはなくなりました。人物たちが抱える胸の内を表すシーンも少なくないので、いままで以上にそれぞれの想いが伝わるとよいと思っています。

長年多くの方に愛されている名作の復元に参加させていただき、とても光栄でした!

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フォーカスvol.9【後編】にご協力いただいた方々
IMAGICA Lab. 土方崇弘様、水戸遼平様、映像修復:中村謙介様、新井陽子様、黒木恒様
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【前後編】でお届けしたフォーカスvol.9は、いかがでしたか?4Kデジタル修復の工程、作業する上で大切にした思いや苦労、そして修復前後の違いを知ると、より映画鑑賞が楽しみになるのではないでしょうか。

「山中貞雄監督は、この場面をどのような意図で演出したのか?」と思いをめぐらせ、多くの方が作業に携わり、最高の形で作品が蘇りました。既に作品をご存じの方は違いをお楽しみいただき、作品をご存じなかった方は、これを機会に「山中貞雄の描く粋な世界」に触れていただけたら幸いです。

最後に、フォーカスvol.9では、たくさんの方々にご協力いただきましたこと、心よりお礼申し上げます。


第33回東京国際映画祭にて『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』上映!


<第33回東京国際映画祭 上映情報>
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チケットは10/24(土)10:00より映画祭公式サイトにて発売。
▼日本映画クラシックス
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/list.html?departments=7
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◎11/1(日)11:15~@EXシアター
『丹下左膳餘話 百萬両の壺』 4Kデジタル復元・最長版
◎11/2(月)13:30~@EXシアター
『河内山宗俊』 4Kデジタル復元版
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国際交流基金の協力により4Kデジタル修復
4K修復監修:国立映画アーカイブ
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丹下左膳餘話 百萬両の壺
1935/6/15 公開
監督:山中貞雄(公開当時25歳)
出演:大河内伝次郎 喜代三 沢村国太郎 他
*作品詳細はコチラ
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河内山宗俊
1936/4/30 公開
監督:山中貞雄(公開当時26歳)
出演:河原崎長十郎 中村翫右衛門 原節子 他
*作品詳細はコチラ

 

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