vol.9 天才・山中貞雄監督の名作が4K修復で鮮明に【前編】

2020年10月22日(木曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。vol.9は、第33回東京国際映画祭「日本映画クラシックス」部門で上映される<山中貞雄監督作品の4K修復>にフォーカス。【前後編】と2回にわたってお届けする【前編】です。



「最後に、先輩友人諸氏に一言 よい映画をこさえて下さい。」

『陣中日誌』(遺稿)附・戦線便り「遺書」に、こう綴った山中貞雄監督は戦地で病に倒れ、1938年、28歳という若さでその生涯を閉じました。

日本における最初の映画黄金時代、山中監督は22歳で監督デビューすると、天才の名をほしいままに次々と作品を発表。5年ほどの短い監督キャリアで26本(共同監督含む)もの作品を手掛けました。

しかし戦前作品は多くが消失、もしくは焼失し、山中監督作品もまとまった形で現存するのは『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』(ともに日活)、そして遺作となった『人情紙風船』(東宝)のわずか3本にすぎません。

傷や汚れによる画の見づらさ、音声の聴き取りづらさは古い作品ならではの特徴とも言えますが、それが4Kデジタル修復で鮮やかに蘇り、このたび東京国際映画祭でお披露目されることとなりました。

今回のフォーカスは、東京国際映画祭様、IMAGICA Lab.様ご協力のもと、なぜ今山中作品なのか、そして4K修復とは?をテーマにお届けします。

同時代の映画人から才能を羨望され、多くの人に影響を与えた夭折の天才・山中貞雄。わずかばかり残された作品から類稀なる才能を感じさせ、今なお私たちに新鮮な驚きを与え続ける山中監督作品の "修復によって蘇ったさらなる魅力と注目ポイント" とは?

[注]※玩具映画は複数本現存。NFCの山中特集参照
http://archive.momat.go.jp/FC/NFC_Calendar/2009-9/nittei.html
*リンク先ページの作品名をクリックすると、詳細をご覧になれます。

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山中貞雄監督作品を最良の状態で映画祭のスクリーンに 

山中貞雄を知ったのはいつなのか?記憶を辿ってみても判然としません。

山下達郎が一番好きな映画は『人情紙風船』だと知った時だったか。それとも蓮實重彦がフランソワ・トリュフォーに字幕のない『人情紙風船』を観せた後、何ページにもわたってその画面の演出について語るのを読んだ時か。その蓮實重彦が日本映画ベスト幾つかに『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』を選んでいたからなのか。確か山田宏一はそれに『河内山宗俊』も加えていたと思う。いずれにしても80年代。しかし、もうその頃から山中の映画は3本しか残っていませんでした。

東京国際映画祭では2016年には寺山修司生誕80年を記念したTERAYAMA FILMS で4作品を、鋤田正義さん、鈴木達夫さん、お二人の大キャメラマンと膝を突き合わせてレストアし、初デジタル上映しました。各上映の客席を見渡すとみんな若い。挙手を促すとなんと8割が寺山初体験。若い世代の観客は、流行りの映画だけでなく「良い映画」を観たいわけです。

では、最良の状態に修復して観せたい(自分も観たい)と思うクラシック日本映画は?それはもう、山中貞雄作品に他なりません。

今回、国際交流基金と各製作会社のご尽力により山中貞雄の残された3作品が蘇りました。傷を除去し、フレームの揺れを無くし、聞き取りにくく劣化してしまったサウンドトラックを可能な限り修復した3作品については、もう観ていただくのが論より証拠。

誕生日前だからまだ15歳の、あの原節子の憂いに沈む立ち姿。その背景に降る雪。『河内山宗俊』すごい映画だともちろん知ってはいたけれど、こんなに情感の滲みでるような、切ない映画だったのか。  

私の師匠、キャメラマンの岡崎宏三は『いのちぼうにふろう』(1971・小林正樹監督)はサイレント期の時代劇、例えば『雄呂血』(1925・二川文太郎監督)なんかを参考にしたと言っておられたが、いやいやこれ思いっきり山中版『河内山宗俊』の影響大でしょ。若い二人を逃がすため(恋人と姉弟の違いはあるけど)アウトローたちが命を投げ出す話も同じ。きちんと見えるようになったラストの水路の立ち回りを見て、やっと私、気づきました。

今年の映画祭の日本映画クラシックス部門では、山中貞雄と日活時代の盟友、稲垣浩監督の『無法松の一生』も上映されます。この映画のキャメラマン宮川一夫さんも撮影助手時代に日活で山中と過ごした仲。京都でよくお酒に誘われた話を自伝に書いています。ぜひ映画祭で先達の仕事をご覧ください。

ところで最初に書きましたが山中の作品はもうずっと3作品しかありません。評価の高い『抱寝の長脇差』(1932・嵐寛寿郎プロ)も、後に松林宗恵、市川崑がリメイクする『盤嶽の一生』(1933・日活)も、最高傑作と名高い「街の入墨者」(1935・また日活)も『国定忠次』(1935・これも日活)も。幻のフィルム発見!のニュースを耳にするたびに、山中作品か?!と心躍らせるのですが...。

(東京国際映画祭 事務局 田中文人様 寄稿)


続いては、いよいよ4K修復について。

今回『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』は、IMAGICA Lab.様が担当されました。そこで東京映像センターにお邪魔し、どのような作業を行ったのか、どのように変わったのか、修復の過程について解説していただきました。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』を4K修復<音声修復編>

<音声修復>をおこなうのは、「サウンドレコーダー室」。

ここではデジタル化された音声データ素材に対し、ノイズの除去や均一化・ヨレ補正などの音のレストレーションから、帯域・レベル調整などマスタリングまでを行います。

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素材の選定

『丹下左膳余話 百萬両の壺』は、国立映画アーカイブさんが大切に保存されている上映用プリントのなかで、おそらくオリジナルの35mm可燃性原版から焼き付けられた、現存する一番世代の古いプリントを元にしました。

『河内山宗俊』は、16mmフィルムの原版しかなく、画もそうですが、音も情報量がかなり削がれた状態でした。音声の聞き取りづらさは、兼ねてより大きな課題として上げられていたため、少しでも改善できるよう再度フィルムから音声を収録しなおし、デジタル修復を行いました。

セリフの質感を殺さない

画もそうですが、音に関しても、音のフィルムの物理的な補修・クリーニングを経たのちに出来るだけ高精度にデジタル化し、デジタルツールを使用して修復作業を行います。

元のセリフの質感を殺さない程度に、ノイズを消します。これ以上消してしまうとセリフの音に影響が出てしまう、というギリギリの気にならないところまで調整しています。

『丹下左膳余話 百萬両の壺』における人物の掛け合い部分の音声は、プリント上に多くの情報が残っていたために、一音一音がしっかりしていて、チリチリというようなノイズを消すと、かなり聴きやすくなりました。ところが、音楽がかぶっているところはセリフが窪まったようになっていて、今の我々の感覚だとセリフが聴き取りづらい印象でした。

(音の波形の比較/左:ビフォー 右:アフター)
*黒(青)くなった部分が除去されたノイズ要素

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画と音の別々の素材が残っておらず、さらに音の作り方も現代とは違うため、聴き取りづらいセリフと音のレベルの良い落としどころをみつけるのに苦労しましたが、過去のパッケージや放送で流れた音声よりは格段に聴き取りやすくなりました。

『河内山宗俊』は、すでに劣化が見られた原版から16mmに縮小されたものを復元の元素材として使用したため、全篇にわたるセリフの聴き取りづらさが課題でした。

オープニング明けは、特にサーッという音がかなり激しくセリフを聴き取ることが困難だったのですが、邪魔な要素を消し、セリフが聴き取れるように修正できたと思います。

(音の波形の比較/左:ビフォー 右:アフター)
*黒(青)くなった部分が除去されたノイズ要素

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音が遠いところにあるシーンでは、距離感を詰めるまでは及びませんが、それでもセリフとして聴き取れるレベルまでの調整を施しました。若干ノイズを残しているのは、これ以上やると元の音にすごく影響が出てしまうからです。人間の声として、セリフとして認識できるくらいの要素をギリギリ残しています。

今回一番苦労したのは『河内山宗俊』でポコポコというノイズが少しの間続くところで、この音はひとつずつ処理しました。

(音の波形の比較/左:ビフォー 右:アフター)
*黒(青)くなった部分が除去されたノイズ要素

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演出意図を想定する

『丹下左膳余話 百萬両の壺』は、フィルムの繋ぎ目の部分に大きなノイズが入っているところが多々ありました。

60年ほど経過しているプリントですので、亀裂により急にブツッという音が入っていたり、繋ぎに不自然な空白がありました。こういったところは、演出意図を想定しながら、次の芝居へと自然につながるように間を補完しています。

(左:フィルムの繋ぎ目 右:音声の補完箇所)
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『河内山宗俊』は、『丹下左膳余話 百萬両の壺』と比べて音の粒立ちが元々あまり良くないのですが、セリフがきちんと聴こえるようになり、ビフォーアフターの差としては、『河内山宗俊』の方が大きく変化しているのではないかと思います。

高・低音も調整し、フィルムが複製を繰り返されることによって失われたであろう帯域も、出来る限り再現しました。『丹下左膳余話 百萬両の壺』と比べて悩むところが多く、ノイズを調整しすぎると音楽がほとんど死んでしまう。音楽を活かしすぎるとセリフが聞こえない。そのギリギリのところに寄りつつ、「オリジナルのバランスや響きを活かしながら、明瞭さを獲得する」という方針で行いました。

元の状態を知っている方こそ、その差に気付いていただけるのではないかと思いますし、初見の方でも、作品に触れにくい、鑑賞しづらいという要素が減っているので、改めて物語を楽しんでいただけるのではないかと思います。

(音の確認に使用される大小様々なスピーカー)
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作業は試行錯誤

作業していくうちに、このシーンは今までのやり方では良い結果に到達しない、という状況にぶつかります。そこで少しやり方を変え、その変えたやり方で頭から試してみると、その方が良い。そうやって半分ほど作業しては、また頭からやるというように、何回も繰り返しているうちに、全体として適切なところにおさまってきます。これが絶対、これが一番という基準があるわけではなく、バランスをみながら場面ごとに調整を行い、また通して聴いて...と、試行錯誤して落としどころをみつけていきます。

画と音の作業は、スケジュール的な面もありますが同時進行していますので、修復後の画とあわせたときに想像していた仕上がりと少し違う、ということもあります。バランスでノイズ感を残すこともありますので、画と音の雰囲気をどうあわせるか。たとえば画がきれいになりすぎると、音にフィルム感が残っていることに違和感を憶えることもありますので、完成に向けて同時に走りつつ、新しい素材を途中でやりとりしながら作業を進めていきました。

両作品とも、音が鑑賞の妨げにならず集中していただける、今できる限りの最高のものに仕上がったと思います。

音声修復担当として、ズバリここに一番注目してほしい

『丹下左膳余話 百萬両の壺』はクリアになった音声の鮮度や、場面場面の空気感を。『河内山宗俊』は鮮明になった音声で改めて作品を体験し、何より物語を楽しんでいただきたいです。 どちらの作品も音声がノイズに邪魔されず聴き取れるようになったことで、改めて面白く素敵な作品だと解りますね。出来ることなら完成当時にご覧になった方と同じように、この作品に接することができるようになれば良いな、と思って最大限努力しました。


続きは、明日10/23(金)公開の【後編】へ。後編では<映像修復>についてお届けします。

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フォーカスvol.9【前編】にご協力いただいた方々
東京国際映画祭 事務局 田中文人様
IMAGICA Lab. 土方崇弘様、水戸遼平様、音声修復:望月資泰様
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第33回東京国際映画祭にて『丹下左膳余話 百萬両の壺』『河内山宗俊』上映!


<第33回東京国際映画祭 上映情報>
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チケットは10/24(土)10:00より映画祭公式サイトにて発売。
▼日本映画クラシックス
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/list.html?departments=7
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◎11/1(日)11:15~@EXシアター
『丹下左膳餘話 百萬両の壺』 4Kデジタル復元・最長版
◎11/2(月)13:30~@EXシアター
『河内山宗俊』 4Kデジタル復元版
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国際交流基金の協力により4Kデジタル修復
4K修復監修:国立映画アーカイブ
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丹下左膳餘話 百萬両の壺
1935/6/15 公開
監督:山中貞雄(公開当時25歳)
出演:大河内伝次郎 喜代三 沢村国太郎 他
*作品詳細はコチラ
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河内山宗俊
1936/4/30 公開
監督:山中貞雄(公開当時26歳)
出演:河原崎長十郎 中村翫右衛門 原節子 他
*作品詳細はコチラ


*スタッフコラム「フォーカス」とは?詳しくはコチラ


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