vol.20 祝!ヴェネツィア国際映画祭クラシック部門 最優秀復元映画賞受賞! 『殺しの烙印』デジタル復元版の見どころ
2022.10.25(火曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。今回は、第79回ヴェネツィア国際映画祭クラシック部門(ヴェニス・クラシックス)で、アジア映画として初めて最優秀復元映画賞を受賞した、『殺しの烙印』デジタル復元版にフォーカスします!


ヴェネツィア国際映画祭はカンヌ、ベルリンと並び「世界三大映画祭」に称される映画祭で、復元された名作を紹介する「クラシック部門」には毎年、世界の名作が揃います。今年もジャン・ルノワール、ピエル・パオロ・パゾリーニ、エドワード・ヤン、小津安二郎ら名だたる監督の作品が選出されており、日活からは今村昌平監督『神々の深き欲望』、鈴木清順監督『殺しの烙印』の2作が選ばれました。そして『殺しの烙印』デジタル復元版はその中での受賞となりました。

『殺しの烙印』が現地でどのように受け止められたか、まずはヴェネツィア国際映画祭の模様をお届けします。

ヴェネツィア国際映画祭は、夢のような時間でした

 

インタビュー林宏之さん日活 執行役員

―ヴェネツィアでの上映はどんな反応でしたか。

公式上映は3回行われましたが、最初の上映「ワールドプレミア」で340席の会場が満席になりました。上映前にプレゼンテーションをさせてもらったのですが、配布したリーフレットを観客の皆さんが食い入るように見てくださって、とにかく熱気に溢れていました。『殺しの烙印』には笑えるシーンがいくつかありますが、上映中には笑いも起こり、非常に反応が良かったです。上映後に映画祭の会場を歩いていると多くの人に声をかけられて、鈴木清順監督の海外での人気を肌で感じるような体験でした。

―授賞式はいかがでしたか。

本当に夢のような時間でした。授賞式が行われたのは現地時間の9月10日で、まさに日活110周年の創立記念日だったのです。そのような日にこの賞を受賞したことを、鈴木清順監督と宍戸錠さんに感謝を伝える内容のスピーチをさせてもらったのですが、清順監督の名前を言ったところで会場から拍手が起こりまして、感傷的と言いますか、グッとこみ上げてくるものがありました。

修復のポイントについて

今回の最優秀復元映画賞は作品の内容もさることながら、修復技術に対して与えられた賞でもあります。本作の修復はIMAGICA エンタテインメントメディアサービスさんが担当されました。本作のどこがどのように修復されたのか、気になりますよね。そこで、実際に修復に携わった方々に、修復のポイントや見どころについて話をお聞きました。これを読めば『殺しの烙印』デジタル復元版をもっと楽しめること、間違いなしです!

 

インタビュー土方崇弘さん/藤原理子さん/阿部悦明さん/新井陽子さん/望月資泰さんIMAGICA エンタテインメントメディアサービス

―デジタル修復とはどんな仕事なのでしょうか。

古い作品は経年劣化や使用によるダメージの蓄積によって、フィルムにキズやゴミの付着や、画面の歪みなどが生じます。デジタル修復はそれらをデジタル上で修正し、完成当時の姿に近づける仕事です。今回の『殺しの烙印』は35ミリのオリジナルネガフィルムが残っていたので、その物理補修から開始し、4Kサイズのデジタルデータに変換、その後で映像、音声、グレーディングといったセクションごとに修復作業を行いました。

―映像修復のどこに注目して見てほしいですか。

映画というのは1秒24コマの静止画の連続です。映像修復はその一枚一枚をデジタルで処理をかけて綺麗にしていく作業です。膨大な量のデータを処理するのでチームで分担しながら行っています。
こういうゴミを消した、ここを綺麗にしたとアピールしたい思いはもちろんありますが、観客の皆さんが修復を意識することなく、作品に没頭して観てもらえた時に達成感を感じますね。逆説的ですが、見どころの無いところが修復の見どころです。


比較画像(左:修復前 右:修復後)
修復前はフィルムの繋ぎ目の接着剤がはみ出し、その跡が経年で目立っている(左の画像の上部の赤く色を付けた部分)。ほぼ全カットごとにこの症状があり、全てデジタル上で修正。

―音声修復の聴きどころはどこですか。

このような古い作品を修復する時はいつも、どれくらい綺麗にするかがテーマになります。今回もプチプチしたヒスノイズを消す作業を途中まで行った時点で、修復途中の映像を確認し、明暗のコントラストが効いた映像とのバランスを考慮し、無音のところは限りなく無音に近いくらい、音にもメリハリをつけた状態が本来の演出の狙いであろうと判断し、もう一回最初からやり直しました。音の聴きどころとしては、後半で耐えられないくらい無音のシーンがあるのですが、そこを楽しんでください。

―グレーディング(色調整)の見どころはどこですか。

旧作のグレーディングの基本は、完成当時の状態を目標にして色と明暗を作ることです。白黒作品とカラー作品を比較すると、カラーの方が難しそうに感じるかもしれませんが、実を言うと白黒作品の方が難しいのです。コントラストだけで調整する作業なので、カット毎に少しでもばらつきがあるとプロの目でなくても不自然に感じてしまいます。そうした違和感が起こらないよう、流れに沿って細かく調整をしています。今回、派手なカラー作品ではなく白黒作品が評価されて賞を獲ったのは、本当に素晴らしいことだと感動しています。
この作品はハードボイルドなので、コントラストが強調されたシーンが多いです。特にラストシーンは、暗い中でほとんど見えるか見えないかわからない状態で話が進んでいく。その緊張感を、元々のフィルム上映で表現されていた姿を追求しながらグレーディングするのに苦心したので、そこを見ていただきたいです。


比較画像(左:グレーディング前 右:グレーディング後)
全体のコントラストや明暗を調整したことで、映像の黒と白が引き締まり、間のグレーのグラデーションが最適化された。

―どこまで修復するかは、どのように判断するのですか。

どこまで直すかという修復の方針は、作品の権利者と相談して決めています。今回の方針では映画が完成した当時、フィルムに残っていたものは基本的にそのまま残し、経年劣化で後からフィルムに生じてしまったものを処理しました。劇中、真理アンヌさんの囚われた姿がフィルムで映写されるシーンは、映像にゴミが付着しているのですが、劇中のスクリーンに映し出されるフィルム自体が汚されていると判断し、そのままにしています。スタッフのマイクや照明が写り込んでいる箇所もあり、消すこともできるのですが、敢えて修正せずに完成当時の状態そのままにしています。

―デジタル修復のやりがいはどんなところですか。

古いフィルムは物によっては本当にボロボロなのです。先ほども触れましたが、傷があって汚いと映画に集中できないですよね。修復して綺麗になったことで、ストレス無く鑑賞できたと言ってもらえると、とても嬉しく思います。このまま放っておくとフィルムが劣化して将来的に観られなくなってしまう作品が沢山あります。作品を後世に残すお手伝いが出来ていると思うと嬉しいです。

―今回の受賞をどのように受け止めていますか。

当社はもともとフィルムの現像事業からスタートしています。映画の上映方法がフィルムからデジタルに変わる中でも、作品を愛するファンの方々、またはこれから作品に出会う方々に適切な形で届けられるよう、現像所出発であるという誇りを持って作業させていただきました。『殺しの烙印』公開当時の現像も当社が行っており、当社の歴史と日活さんの歴史、そして鈴木清順監督生誕100周年前年のタイミングで受賞したことに、奇跡のような巡り合わせを感じます。鈴木清順監督をはじめスタッフ、キャストの方々、または当時、我々の会社で技術を担当していた諸先輩方に対しても恩返しになればと思います。

『殺しの烙印』で好きなシーン

最後に、修復に携わった皆さんに『殺しの烙印』の中で、好きなシーンとその理由をお聞きしました。

IMAGICA エンタテインメントメディアサービス
土方崇弘さん
(ラボ・マネジメント)
◎宍戸錠さんが部屋で奥さんを抱きながら、一瞬雨の音がするシーン

音声修復で議論になりましたが、恐らく雨=真理アンヌさんのイメージで、「殺し屋は、いま腕の中にいる目の前の人ではない人を考えている」という描写なのかと気づきました。このような心理を音で表現したり、他にも湯気や短いカットの羅列、または陰影の処理での表現を行う清順監督の感性に改めて驚きました。

藤原理子さん(ラボ・コーディネート)
◎冒頭の銃声~「殺し屋のブルース」~飛行機のシーン

カットのつながりもお洒落で、ロマンチックでムーディな雰囲気から始まり、そういう映画かな、と思うと裏切られます(笑)。この作品の得体の知れなさ、先の展開の読めなさ、不思議さがそのまま表れているようなこのファーストシーンがいつも強烈に思います。

阿部悦明さん(カラリスト)
◎階段で離れて話す宍戸錠さんと真理アンヌさんのシーン

構図と配置を優先したシーンで、実際にこの距離で二人は会話出来ないはずなのに、作品の中では成立してしまっています。リアリティとは違う演出でも違和感がないこのカットに、映画の懐深さや清順監督のアーティスティックな魅力を感じます。

新井陽子さん(デジタルレストア)
◎殺し屋の奥さんが裸に毛皮を巻いて壁にもたれているシーン

まさに「思ってた通りの奥さんだわ」と言われてしまいそうな絶妙なキャラクターが愛らしく、その言い回しやメイクや衣装、髪型なども役にピッタリで素敵だし、その人物を体現できる小川万里子さんの演技も素晴らしいと思います。

望月資泰さん(サウンドレストア)
◎後半、決戦前のシャドウボクシングのシーン

クールな作品の中で画も音も柔らかくなるような箇所であり、直後にある、静かながらハードなクライマックスとのギャップが印象的。宍戸さんが演じる殺し屋のキャラクターにさらなる魅力を与えているような気がします。

皆さんから修復の見どころや好きなシーンを聞いて、なるほどそういう見方もあるのか!と俄然、ワクワクしてきました。そんな本作が2022年11月3日よりシネスイッチ銀座にて、『Nikkatsu World Selection』の1作としてついにお披露目されます(※当劇場での上映は既に終了しております)。ヴェネツィアを熱狂させた鈴木清順監督の唯一無二の問題作をスクリーンでご覧いただける貴重な機会です。ぜひお見逃しなく!

(vol.20 担当・広報 山田)※記事中の作品画像は全て©日活

『Nikkatsu World Selection』2022年11月3日(木・祝)~11月10日(木)シネスイッチ銀座にて上映! ※全国順次公開


©日活

カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンをはじめとする国際映画祭での選出や、過去10年間に世界50カ国以上にて上映され、特に高い評価を得た名作を上映する日活110周年記念特集上映

『 Nikkatsu World Selection』
■日時
:2022年11月3日(木・祝)~11月10日(木)※当劇場での上映は既に終了しております。
■会場:シネスイッチ銀座 (東京都中央区銀座4-4-5 簱ビル)※全国順次公開
■上映作品:丹下左膳余話 百万両の壺/河内山宗俊/月は上りぬ/乳房よ永遠なれ/幕末太陽傳/殺しの烙印/神々の深き欲望/㊙色情めす市場
※各作品は「デジタル復元版」で上映。『幕末太陽傳』のみ「デジタル修復版」。『丹下左膳余話 百万両の壺』は「デジタル復元・最長版」。※シネスイッチ銀座は2K上映になります。

多彩なゲストが登場!豪華トークイベントを開催!!※当劇場での上映は既に終了しております。
11/3(木・祝)10:10『乳房よ永遠なれ』上映後 登壇者:大九明子さん(映画監督) 司会:冨田美香さん(国立映画アーカイブ 主任研究員)
11/3(木・祝)12:40『月は上りぬ』上映前 登壇者:月永理絵さん(ライター・編集者) 司会:冨田美香さん(国立映画アーカイブ 主任研究員)
11/5(土)12:15『殺しの烙印』上映後 登壇者:林海象さん(映画監督) 司会:大澤浄さん(国立映画アーカイブ 主任研究員)
11/5(土)14:30『丹下左膳余話 百万両の壺』上映後 登壇者:湯浅政明さん(アニメ制作者) 司会:とちぎあきらさん(フィルムアーキビスト)
11/6(日)11:55『㊙色情めす市場』上映後 登壇者:鈴木涼美さん(作家) 司会:森直人さん(映画評論家)

■公式HP: https://www.nikkatsu.com/110thfilms/
■公式Twitter:https://twitter.com/110thfilms

殺しの烙印

<清順美学>が全編に緊張感と笑いを孕む異色のハードボイルド。異才・鈴木清順監督の唯一無二の問題作!
監督:鈴木清順 脚本:具流八郎 撮影:永塚一栄 照明:三尾三郎 録音:秋野能伸 編集:鈴木晄 美術:川原資三 音楽:山本直純 助監督:葛生雅美
出演:宍戸錠 南原宏治 真理アンヌ 玉川伊佐男 小川万里子 南廣 大和屋竺
1967年/91分/モノクロ
※国際交流基金の協力によりデジタル修復。

プロの殺し屋ランキングNO.3の花田は、組織の幹部を護送する途中でNO.2とNO.4の殺し屋たちに襲撃されながらも任務を終え、殺し屋NO.2へランクを上げる。さらに上を目指す花田だったが、次の仕事で失敗すると、組織は美女・美沙子を差し向ける。惹かれ合う二人―。一方、花田は殺し屋NO.1・大類ともトップの座を賭けて対決することになり…。

宍戸錠が、炊飯器から炊き立ての米の匂いをかいで恍惚となるシーンはあまりにも有名。クエンティン・タランティーノ、ジム・ジャームッシュ、デイミアン・チャゼル、ニコラス・ウィンディング・レフン、ポン・ジュノ、パク・チャヌク、ウォン・カーウァイ…、多くの海外の監督からもリスペクトされる鈴木清順のスタイリッシュな魅力にあふれる異色のアクション映画。


©日活

▼山中貞雄監督『丹下左膳余話 百万両の壺』『河内山宗俊』修復レポートもお読みください。
https://www.nikkatsu.com/focus/vol9_1.html
https://www.nikkatsu.com/focus/vol9_2.html
 

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