岸惠子と市川崑
 溝口健二作品に田中絹代がいるように、小津安二郎作品に原節子がいるように、市川崑作品に、岸惠子がいる。
 岸惠子は、市川崑映画の女神といえる。
 “キャスティングは演出の70パーセント”という市川崑監督の持論は有名だが、市川監督は当初から岸惠子の“日本人としての美しさとリアリティ”に着目していたというのは興味深いと思う。敗戦後の日本人は映画女優に欧米的なエキゾティズムを求め、実際、岸惠子は日本人離れした知的でクールな美貌の持ち主として人気が高かったはずなのだ。岸惠子の渡仏で日本お別れ映画となった『雪国』(57)が日本的情緒の作品ではあったにしても、である。
 かくて岸惠子は、市川崑作品出演第1作『おとうと』(60)で、過ぎし日の時代の人物を演じることになった。大正という新しくもないが古くもない微妙な時代の女性、げんを演じたのである。芯が強く、強情な面を見せながら、健気で、気持ちの細やかなヒロインの持つ、つつましい美しさは絶賛され、数々の演技賞を受賞して、女優・岸惠子を不動のものとした。
 そして、あのげんが子を持つ母親となったとしたら、こういう人物ではという感銘を与えてくれるのが、本作『かあちゃん』のおかつなのである。大正と江戸と、時代こそ違え、端然とした人物の“姿勢”の美しさは現代人の心を打たずにおかないだろう。
 『細雪』(83)では4人姉妹の長女である岸惠子が、一家の総領として妹たちや亭主をゆったりと愛する姿勢が素晴らしく、『悪魔の手毬唄』(77)では穏やかな人格と連続殺人を犯す女心が表裏する主人公を、絶妙に演じて私たちを驚かせた。
 市川崑は、ジャン・コクトーを敬愛し、豊かな才気が共通することから、コン・コクトーと呼ばれることもあった。岸惠子はそのコクトーの芝居に作者の要請に応えてパリの舞台に立ったこともあり、市川崑=コクトーという“絆”に加わっているのも奇遇とはいえないのだ。
 『黒い十人の女』(61)では岸惠子の理知的でクールな美貌が生かされ、アガサ・クリスティ作、市川崑演出『情婦』(『検査側の証人』)の舞台出演もあるが、モダニスト市川崑による日本的な美の様式は、岸惠子という日本に生まれ西欧で長く生活してきた女優の肉体を得て、一層のリアリティを獲得したのである。
(浦崎浩實)
おとうと
細雪
悪魔の手毬唄
黒い十人の女

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