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佐藤利明プロフィール

娯楽映画研究。構成作家。ミュージカル・音楽評論家。別名、浦山珠夫。
内外の娯楽映画の解説、評論。映像ソフト・プロデュース。新聞、雑誌、
劇場用プログラムへの寄稿。映画祭の企画運営など、娯楽映画をキーワードに、現代
にそれらの作品群を照射する仕事を行っている。弊社の邦画旧作DVDシリーズ、
DIG THE NIPPON での作品解説、音声コメンタリーの聞き手としても広く知られている。

主な共著に『若大将グラフィティ』(角川書店)、『無責任グラフィティ クレージー映画大全』(フィルムアート社)、『エノケンと〈東京喜劇〉の黄金時代』(論創社)、『映画監督101 日本映画篇』(新書館)、『小林旭マイトガイ・スーパー・グラフィティ』(白夜書房)などがある。

   


『幕末太陽伝』


 川島雄三が『続・飢える魂』に続いて演出した日活での最後の作品。川島雄三の世界に心酔したフランキー堺のコメディアンぶり、徹底した戯作精神の主である川島雄三監督。映画史上最も素晴らしいコンビの一つである二人が江戸落語の世界をビジュアル化した映画史上に燦然と輝く傑作喜劇。落語の「居残り」をベースに「品川心中」「三枚起請」を巧みに織り込んだシナリオは、助監督だった今村昌平、田中啓一(山内久)、川島の三人で執筆。来る売春防止法の施行(昭和33年4月1 日)を前に、江戸時代以来連綿と続いてきた遊郭とそこに集う人々への哀惜をこめた風俗映画でもあり、江戸落語の世界を見事にフィルムに置き換えることにも成功している。
 
  フランキー堺が演じた佐平次は、労咳の静養のために、観ず知らずの連中を引き連れ、品川遊郭の相模屋に登楼する。さんざん遊んだあげく、文無しを開き直って、そのまま居残りに。ところがこの佐平次、万事そつなくこなす才人であり、相模屋では女郎たちからも男衆からも、客からも「居残りさん」「イノさん」と親しまれ、なくてはならさない存在となる。
 
  幕末の品川遊郭に集う勤王の志士たちと胸を煩い厭世気分の町人・佐平次の様々な騒動を狂想曲的に描いている。フランキー堺がふわりと羽織を身につける仕草の軽妙さ。キビキビとした動きの爽快さ。その動きにはコメディアン、フランキー堺の最高のパフォーマンスが堪能できる。
 労咳を背負いながら佐平次は「首が飛んでも動いてみせまサァ」とうそぶくニヒリスト。死の影におびえつつ、すべてを洒落のめす。すべて金づくで動くドライな男は、昭和30年代という時代に相応しいキャラクターでもあった、
 
  石原裕次郎が高杉晋作、小林旭が久坂玄瑞、二谷英明らと幕末の太陽族に扮して、フレッシュな魅力をふりまいた。また女優陣も充実している。左幸子と南田洋子の女郎の壮絶なバトル。芦川いづみの可憐で気丈な女中・おひさは、川島映画の清純ヒロインの典型でもある。フランキー堺の芸達者と川島雄三の戯作精神に溢れた日活映画の質の高さを証明する一本。

佐藤利明(娯楽映画研究)

   


『愛のお荷物』


 松竹で28本の作品を手掛けた川島雄三が、製作再開一年目の日活撮影所でメガホンをとった日活での第一作目。川島喜劇を支えた脚本家/監督の柳沢類寿と供に、アンドレ・ルッサンの「赤んぼ頌」を換骨奪胎。産児制限=バースコントロールをテーマに、「セックスと妊娠」をめぐる、様々な世代の登場人物たちの右往左往を描く艶笑喜劇に仕上がっている。ポンポンと飛び出す小気味良いダイヤローグの応酬は、新生日活に相応しい斬新なものだった。
 
  当時の日活は「信用ある日活映画」をキャッチフレーズに、文芸映画や風俗喜劇を得意としていた。『愛のお荷物』も、いわゆるプログラムピクチャーとは一線を画した大作映画として作られている。
 
 
人口増加を食い止めるための「受胎調節相談所設置法案」をめぐる国会での攻防戦。そのキーマンである厚生大臣である新木錠三郎(山村聰)の妻・蘭子(轟夕起子)も四十代半ばにしてご懐妊してしまう。その道楽息子・錠太郎(三橋達也)は、父の秘書で名家のお嬢さん・五代冴子(北原三枝)から妊娠を告げられる。
 
  登場人物たちが、適度にカリカチュアされ、狂騒曲が繰り広げられる。北原三枝のコメディエンヌぶりとしての才覚が堪能できる。また、オープニングのナレーションは加藤武、出羽小路亀之助役のフランキー堺、鳥井秘書官の小沢昭一といった川島組常連俳優たちが、出番は少ないが、作品のアクセントとして登場する。ジャズ・ドラマーとして一世を風靡したフランキー堺の抜群のコメディ演技に注目。
 
  箱根に住むおじいちゃん・新木錠造に扮したのがベテラン東野英治郎。最新型のポラロイドキャメラを首から下げ、キャメラ道楽を楽しみ、茶飲み友達とアツアツぶりを見せつける。こちらにも愛のお荷物が出来そうな勢いがある。
 本作を皮切りに、川島雄三は『幕末太陽伝』まで9本の作品を日活で手掛け、それまでのプログラムピクチャーの時代から、映画作家としての黄金時代をを迎えることになる。

佐藤利明(娯楽映画研究)

 

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『銀座二十四帖』


 風俗作家として戦後文壇で活躍した井上友一郎の小説をベースに、川島雄三が「ムービージョッキー」というユニークな手法で、銀座に生きる人々の喜怒哀楽を綴った佳作。川島にとっては、『あした来る人』に続く日活第三作。ラジオのディスクジョッキーのように映画の画面進行に併せて、森繁久彌が気ままな雰囲気でおしゃべりをしていく。というスタイルは、主人公の心理描写などを過剰に言葉で伝えるナレーション手法に対する川島雄三のささやかな抵抗でもあった。ジョッキーを担当したのは、当時、進捗著しかった森繁久彌。軽妙洒脱な喋りに、映像で展開される昭和30年代の空気。森繁が歌ってヒットさせた主題歌「銀座の雀」も含めて、時代の記録としても楽しめる。

 銀座で花屋を営むコニイ(三橋達也)と、彼を手伝う孤児院の少女・ルリちゃん(浅丘ルリ子)ら銀座の住人たちと、結婚に失敗して自立しようとしている美しき夫人・京極和歌子(月丘夢路)とその姪・雪乃(北原三枝)たちが繰り広げる、ファンタジックな物語。少女時代の和歌子を描いた肖像画の作者G.Mを探すドラマと、コニイの亡兄にまつわる暗黒街のエピソード。クライマックスの緊迫感に、日活アクションの萌芽も伺える。登場人物たちもユニークで、怪しげな文化人を安部徹、花形野球選手に岡田真澄などスノッブなタイプの人々が画面を賑やかに盛り上げる。

 大阪からやってきた美しいお嬢さんを演じた北原三枝が着こなすファッションは、モードという言葉が相応しい。1955年型の最新のもの。彼女が参加する「ミス平凡」コンテストのシーンには、石原裕次郎映画など日活プロデューサーで活躍する水の江滝子が自身役で出演。そうした風俗描写も楽しみの一つである。

 風俗描写といえば森繁のジョッキーにのせて紹介される銀座の様々な顔もドキュメンタリーとしても貴重な記録。銀座上空を空撮した映像を観ていると、まだ銀座には川が流れていたことがわかる。銀座をこよなく愛し、都会にうごめく人々を洒脱な視点で映画に切り取ってきた川島らしさが、随所にちりばめられた軽妙な銀座映画。

佐藤利明(娯楽映画研究)

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『風 船』


 大佛次郎といえば「鞍馬天狗」の原作者として知られる作家だが、昭和20年代後半には、人生のキャリアを積んできた初老の男の孤独を描いた小説を連作していた。毎日新聞連載の「風船」もその一つ。日本画壇で嘱望された画家出身の主人公が、戦後、実業家として功なり名を遂げるが、どこか空しさを感じている。息子の世代との相克。妻との確執。孤独な魂を持つ主人公の心情。当時、大きな話題となった大佛次郎の「風船」を、森雅之、三橋達也、新珠三千代、北原三枝、芦川いづみらのオールスターキャストで映画化した文藝風俗ドラマの傑作。

 キャメラ会社を切り盛りし、成功者として何不自由ない日々を送っている主人公・村上春樹に森雅之。その息子で後継者候補の圭吉に三橋達也。物語はこの父子のそれぞれの生き方を主軸に展開する。圭助は戦争未亡人でバーに勤める久美子(新珠三千代)と怠惰な日々を送っている。しかし久美子の愛情をよそに、圭吉はシャンソン歌手・ミキ子(北原三枝)へと傾倒していく。揺れ動く人間関係と人の心。それを「風船」に見立てた大佛次郎ならではのドラマを脚色したのは、川島監督とチーフ助監督だった今村昌平。

 世俗にまみれた圭吉と対照的な存在なのが、幼くして罹ってしまった病気の後遺症で障害を持つ、妹・珠子(芦川いづみ)の魂の清らかさ。無垢で純粋な珠子の存在は、本作に清涼感を与えている。日活映画のヒロインとして、数多くの映画でチャーミングな魅力をふりまいていく芦川のフィルムキャリアでも重要な作品となった。

 森雅之のダンディズム。三橋達也のモダニズム。そして美しい女優たち。川島雄三の時にはシニカルな目線が、戦前派の実業家と戦後派の息子の相克を描いて行く。春樹がかつて京都で世話になった下宿の娘・るい子に左幸子。祇園のバーにつとめながら、弟と健気に生きるその姿に、春樹は何を感じるのか?
昭和31年の東京、京都の街並みを空気感そのままにとらえた高村倉太郎のキャメラ。タイプの違う四人のヒロイン、新珠三千代、北原三枝、芦川いづみ、左幸子が着ている衣裳を担当したのは森英恵。これまでも森英恵は数多くの日本映画の衣裳を手がけてきたが、クレジットは本作が初めて。彼女の貢献に対する川島監督の計らいだという。 

佐藤利明(娯楽映画研究)

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『洲崎パラダイス 赤信号』


 川島雄三が『風船』に続いて監督した日活での5作目となる風俗ドラマ。芝木好子の「洲崎パラダイス」を井手俊郎と寺田信義が脚色。助監督・今村昌平、撮影・高村倉太郎、美術・中村公彦、録音・橋本文雄と、川島組常連スタッフによる充実の仕事ぶりが堪能できる佳作。

 人生の吹きだまりに、身をやつして行くヒロインに新珠三千代、生きる気力を失っているダメな男に三橋達也。駆け落ちして、無一文となった二人がたどり着いた先で繰り広げられる哀感のドラマ。東京江東区にあった洲崎遊郭入り口にあたる橋のたもとにある飲み屋「千草」。結婚を反対されて、栃木から駆け落ちしてきた義治(三橋達也)と蔦枝(新珠三千代)は、この千草に無一文でたどり着く。ここは遊郭に遊びに行く男たちが景気付けに一杯やっていく飲み屋で、気の良い女将・お徳(轟夕起子)の世話で蔦枝は住み込みで働くことになり、義治は近くのソバやの店員となる。

 この川を渡れば「パラダイス」がある。生活のために一人の男に操を立てていることにバカバカしさを感じている蔦枝と、彼女が他の男に抱かれることを受け入れられない義治。彼はソバ屋の店員・玉子(芦川いづみ)に励まされるが、何をやっても失敗ばかり。ある時、義治は行方不明になり、蔦枝は彼女にぞっこんの電気店主・落合(河津清三郎)の世話を受けることになる・・・

 駆け落ちをして、無一文になっても、「千草」の女中募集の張り紙をみて、そこでビールを頼んで、結局住み込みをしてしまう蔦枝は、生活力を持ち合わせている。それに対し、仕事が不満だからと行方不明になってしまう義治は、何をやってもうまく行かない。そうしたしっかり者の女と、だらしのない男の腐れ縁。「千草」のお徳もまた、愛人と駆け落ちして出て行った夫・伝七(植村謙二郎)の帰りを待っている。そうした腐れ縁に縛られた男女の物語と、遊郭に生きる女たち。売春防止法施行直前の東京の遊郭街が随所に描写され、風俗ドラマとしても楽しめる一編。

佐藤利明(娯楽映画研究)

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『わが町』


 明治末年、フィリピンのベンゲット道路建設に従事した大阪天王寺の名物男・ベンゲッドのターやんこと佐渡島他吉の生涯を描いた織田作之助の同名小説を映画化。「夫婦善哉」など大阪風俗を描いた作家・織田作之助と、川島雄三は助監督時代からの付き合いで、川島のデビュー作『還って来た男』の原作・脚本は織田作の手になるもの。この「わが町」を原作にした舞台「佐渡島他吉の生涯」は、舞台では森繁久彌が演じ、そのライフワークともなっている。最近では北小路欣也の当たり狂言として、2005年秋にも上演されている。

 川島雄三にとっては、日活では6本目で『洲崎パラダイス赤信号』に次ぐ作品として昭和31(1956)年に封切られた作品。明治39年に帰国して以来、フィリピンのベンゲットで眠る仲間のいる南十字星の下に、再び行くことを夢見る、向こう見ずで一本気な「ベンゲットのターやん」に新国劇の辰巳柳太郎。その妻・お鶴と、孫娘・君枝に『幕末太陽伝』の南田洋子。娘・初枝には『愛のお荷物』の高友子がそれぞれ扮している。日露戦争から昭和初期、そして戦後の大阪を舞台に、下町の庶民が過ごした日常を、ターやんと、落語家の桂〆団治(殿山泰司)、床屋の女将・おたか(北林谷栄)たちの目を通して描いている。織田作の世界を愛した川島らしく、佐渡島他吉の生涯を描きながら、大阪の市井風俗を、さまざまなエピソードでつづった風俗映画としても楽しめる。

 何かにつけ「フィリッピンへ行け!」が口癖のターやんは、病没した妻・お鶴が残した娘・初枝の亭主・新太郎(大坂志郎)に、フィリピンへ出稼ぎに行かせる。「南十字星によろしく」。その一途な思いがもたらす不幸。人力車を惹きながら、孫娘を育て上げ、戦後、その孫娘の恋人・次郎(三橋達也)がマニラに行くと知って、二人の仲を許す。我を押し通すことで、周囲の人々に迷惑をかけている自覚のない、愛すべき破天荒なターやんを辰巳が渾身の演技で魅せる。大阪市立科学館のプラネタリウムのラストシーンが深い味わいを残す。 

佐藤利明(娯楽映画研究)

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飢える魂飢える魂データ


『飢える魂』
『続飢える魂』

 
『飢える魂』と『続・飢える魂』が作られたのは、昭和31(1956)年の秋。この年、川島雄三は『風船』、『洲崎パラダイス赤信号』、『わが町』の三本の佳作を連打していた。プログラムピクチャー作家として、通俗的な娯楽映画を連作していた松竹時代同様のハイペースである。『飢える魂』の原作は、日経新聞に連載された丹羽文雄の新聞小説で、民放でラジオドラマ化されたメロドラマ。「何故、今さら?」という疑問が、川島組の助監督たちの間にも持ち上がり、今村昌平らが監督に抗議をしたというエピソードが、助監督だった遠藤三郎によって述懐されている。
 
  それに対し、川島のスタンスは明快そのもの。松竹時代同様「生活のためです」というものだった。とはいえ、熟達のスタッフによる製作体制の充実。良質な文芸映画やメロドラマを得意としていた、当時の日活らしく『飢える魂』正続編は、通俗メロドラマでありながら、川島雄三スタイルが散見される作品となっている。
 主人公・立花烈(三橋達也)は少壮の実業家。ライバルである芝直吉(小杉勇)は、古いタイプの豪放磊落な経営者で、男尊女卑の暴君で、女ざかりの妻・令子(南田洋子)を束縛するようなかたちで支配している。リベラルな立花は、そんな令子に惹かれ、彼女を解放するために直接的な行動に出る。
 
  全国各地にロケを観光し、観光名所で烈と令子のドラマが展開していく。同時に、10年前に夫を亡くし女ざかりを子育てに費やしてきた大河内まゆみ(轟夕起子)と、亡夫の友人・下妻雅治(大坂志郎)の微妙な関係が同時進行で描かれる。心と肉体。男女の関係の危うさ。メロドラマの定石をしっかり踏まえつつ、ユーモアとパッションが、川島雄三ならではの丁寧な描写で綴られて行く。
 
  特筆すべきは、轟夕起子の長男を演じた、若き日の小林旭の存在感。日活第三期ニューフェイスとして入社したばかりの小林旭の初々しさ。後のマイトガイとはまた違った魅力があふれている。その妹に、長門裕之、津川雅彦とは兄妹の加藤勢津子。後に松竹で活躍する桑野みゆきなど、若手俳優陣のフレッシュな共演も印象的。続編には、フランキー堺、小沢昭一、岡田真澄ら川島映画の常連俳優がゲスト出演している。
 
  全国ロケも効果的で、続編に登場する時代の花形だったテレビ局、日本テレビの社屋や内部などの、当時の最新風俗も、貴重な昭和の記録となっている。  

佐藤利明(娯楽映画研究)

 


『女は二度生まれる』


 1961年、東宝の『特急にっぽん』に続いて、川島雄三が初めて大映でメガホンをとった作品。原作は「姿三四郎」などで知られる富田常雄の「小えん日記」を井手俊郎と川島が脚色。芸のない“みずてん”芸者・小えんの生々流転の男性遍歴を、川島らしい視点で描いた女性映画の傑作。本作でヒロインをつとめた若尾文子は、大映の川島三部作、本作と『雁の寺』、『しとやかな獣』のヒロインをつとめ、それまでの川島映画とはまた違う、セクシャルな潤いを映画に与えた。

 売春防止法が施行され、客と寝ることで生計を立てる、九段下の芸なし芸者・小えん(若尾文子)をめぐる男たちに、新橋の寿司職人・野崎文夫(フランキー堺)、正体不明の社長・矢島賢造(山茶花究)、そして彼女のパトロンとなる江戸っ子気質の設計師・筒井清正(山村總)。いずれもタイプの違う俳優による、タイプの異なるキャラクター。浮き草稼業に身をやつしつつ、自分を求めて生きる華奢な女性の部分と、肉体で世間を渡り歩くしたたかさが同居するヒロイン。『洲崎パラダイス赤信号』の新珠三千代や、『幕末太陽伝』の女郎たち、そして『赤坂の姉妹 夜の肌』の淡島千景らが、これまで川島映画で演じてきた夜の世界に生きる女性の集大成ともいうべき小えんは、実にチャーミングでセクシー。

 芸者を辞め、銀座のバーでホステスをしているところを、馴染みの筒井に見初められ、二号生活を始める。つつましくも堅実な生活ぶり。『あした来る人』で山村總が演じた品行方正なパトロンから一変、嫉妬深い男の一面を見せる。ユニークなのは山茶花究。小えんにタバコの吸い方や振る舞い方を指南するシーンや、彼女と遠出した先で馴染みの女性に出会うや、すぐに乗り換えてしまう身勝手さを見せる。
 随所に登場する「靖国神社」も効果的。置屋の女将・お勢(村田知英子)が警察の手入れを受けそうになると、戦死した夫に愚痴をこぼすシーンなど、川島ならではのシニカルな視点が味わえる。

佐藤利明(娯楽映画研究)


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『雁の寺』


 『女は二度生まれる』で大映作品を初めて手掛け、若尾文子の美しさをフィルムに引き出した川島雄三が、大映京都撮影所で演出した作品。原作は水上勉が第45回直木賞を獲得した「雁の寺」。脚色は船橋和郎。キャメラは『女は二度生まれる』の村井博。大映京都撮影所で数々の時代劇美術を手掛けた西岡善信が美術を担当している。

 京都衣笠山麓にある狐峯庵。京都画壇の重鎮・岸本南獄(中村鴈治郎)が描いた「雁」の襖絵で知られ「雁の寺」と呼ばれていた。ある日、南獄が亡くなり、彼が世話していた妾・里子(若尾文子)が、寺を訪ねてくる。狐峯庵の住職・慈海(三島雅夫)は、里子に肉欲をおぼえ、愛人として寺に住まわせる。夜ごと日ごとに繰り広げられる、二人の愛欲。それをじっと見つめているのは、修行僧・慈念(高見国一)。普段から慈海に厳しくしつけられ、ストレスをためている慈念は、中学の軍事教練を嫌い、学校を休みがち。その不幸な生い立ちに同情した里子は、自らの身体を惜しげもなく与える。若狭の貧しい寺大工の養子として育てられ、口減らしのために寺に預けられた慈念の本当の素性を知った里子の慈しみ。慈念の内に秘めた狂気とは?

 モノクロームの画面に繰り広げられる。破戒僧と美しい里子の痴態。それをじっと見つめる慈念の冷ややかな目。タイトルバック、南獄が描いた「雁」の襖絵モンタージュが、まるで生きているかのような目の覚めるカラー映像が強烈な印象を残す。
 慈念を演じた高見国一のするどい眼光。酒や肉欲に溺れる慈海を演じた三島雅夫は煩悩の極みともいうべき役柄を好演。その慈海の理不尽な仕打ちに、慈念が果たす復讐とは? 大映三部作や東宝作品で常連となる山茶花究がモダンな破戒僧・雪州をユーモラスに演じている。

 流麗なキャメラワーク、日本家屋独特の暗さを光と影でとらえた照明の美学。そして何よりも若尾文子のエロティシズムの妖しさ! 彼女のフィルモグラフィーの中でも際立っている。川島と若尾のコンビは続く『しとやかな獣』でさらなる境地に達する。

佐藤利明(娯楽映画研究) 

 

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『しとやかな獣』


 昭和37(1962)年、川島雄三にとっては大映で三作目となる『しとやかな獣』は、東宝の『箱根山』から三ヶ月後に公開された。原作/脚本は新藤兼人。アパートの一室のみを舞台に、十名の男女が次々と出入りするブラック・コメディの傑作。ヒロインはもちろん若尾文子。『女は二度生まれる』『雁の寺』で、若尾の持つセクシャルな魅力を存分に引き出してきた川島雄三が、若尾文子にファムファタール=犯罪的悪女を演じさせ、自身の最高傑作の一本となった。

 芸能プロダクションの会計係として働いていた三谷幸枝(若尾文子)は、「お金」が目的で、様々な男を虜にしている。今度小学校に上がる子供との生活を確立するために、男から吸い上げた金で旅館を開業させようとしている。公団住宅の一室。元、海軍中佐の前田時造(伊藤雄之助)と妻・よしの(山岡久乃)は、いそいそと家財道具を片付け、貧しさを装うとしている。そこへやってきたのが、芸能プロ社長・香取一郎(高松英郎)と幸枝、そしてラテン歌手のピノサク(小沢昭一)。聞けば、芸能プロの社員で前田家の長男・実(川畑愛光)が事務所の金を横領しているという。丁寧な言葉で応対する前田夫妻。実は、豊かな生活を維持するために、時造は、娘・友子(浜田ゆう子)を作家・吉沢(山茶花究)の二号にして、吉沢から寸借詐欺のように、何十万も出させており、実にも事務所の金を横領させている。

 詐欺を重ね、アパートの一室でリッチな生活をしている一家。人を騙すことが当たり前のような一家よりも、さらに上手なのが「しとやかな獣」の三谷幸枝。彼女の本性が次第に明らかになっていく展開。色と欲をめぐる、男と女の業。シニカルな笑いの中に、大量消費社会の日本人の醜悪なデフォルメが垣間見える。流麗なキャメラワーク、ディテール豊かな美術、和楽を効果的に多用した池野茂の音楽の妙。一つの室内と、団地の階段しか登場しない大胆な構成は、川島が遺作『イチかバチか』の次に演出する予定だった『江分利満氏の優雅な生活』でも、社宅のみを舞台にするという構想に発展する予定だったという。

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『暖簾』


 『幕末太陽伝』を最後に、日活を飛び出した川島雄三が、東宝傍系の東京映画で『女であること』(58年)の次に、やはり東宝傍系の宝塚映画メガホンをとった文芸映画。山崎豊子の小説「暖簾ム浪花屋利兵衛物語ム」を舞台化した菊田一夫の戯曲を原作に、八住利雄と川島がシナリオ化。大阪の昆布問屋に、淡路島から出てきた少年が丁稚奉公し、やがて「暖簾」を貰い独立する。夫婦二人三脚で店を大きくしていくが、戦争で丸裸となる。しかし、戦地に行った息子が戻って来て、焼け跡から再スタートする。大阪にある老舗・小倉屋の「をぐら昆布」は、日本を代表する昆布のブランドとして知られ、暖簾分け制度で、それぞれが独立している。その中の一店をモデルに描いた小説はベストセラーとなり、昭和32(1957)年に4月に、東京日比谷の芸術座のこけら落とし公演で上演されるなど森繁久彌は主人公・八田吾平を舞台で演じており、その映画化として舞台のイメージそのままにキャスティングされた。

 三十五銭を握りしめて、淡路島から大阪に飛び出してきた吾平少年が、ふとしたことで昆布屋の主人・浪花屋利兵衛(中村鴈治郎)と知り合い、丁稚となる。利兵衛から徹底した商人教育を受け青年となった吾平は、暖簾分けを受けて独立することに。子供の時から意中の人だと思っていたお松(乙羽信子)と結婚する事は許されず、利兵衛は姪の千代(山田五十鈴)と無理矢理祝言を揚げされる。夫婦で苦労を重ね、店を大きくしていく吾平。しかし、敗戦で何もかも失ってしまう。

 森繁が吾平と、のんきだがアイデアマンの次男・孝平の二役を公演。前半、苦労して店を立派にして行く吾平と、後半、戦地から戻って来てバラックから昆布屋を再興する現代青年の孝平のタイプの違い。そして戦後篇のコミカルな味は、『わが町』で川島が採用したクロニクルスタイルでありながら、商都大阪商人の風俗史にもなっている。クライマックス、株式会社浪花屋の本店オープンの日、不気味に吹き荒れる風は、ラストを予兆させるものであり、川島映画としては『とんかつ一代』のオープニングなどにも継承されていくイコンでもある。

佐藤利明(娯楽映画研究)

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『貸間あり』


 川島雄三の東宝時代の代表作の一つ。昭和34(1959)年に、関西に撮影所がある東宝傍系の宝塚映画で作られた、川島にとっては東宝での四作目で『グラマ島の誘惑』(59)に続く作品。原作は「駅前旅館」の井伏鱒二。東宝時代の川島のキャメラアイとなった、名手・岡崎宏三が撮影を手掛けた。

 大阪のとある町。陶芸家のユミ子(淡島千景)は、何でも屋である与田五郎(フランキー堺)にある仕事を依頼するために、彼の住む風変わりな青柳アパート屋敷を訪れる。与田五郎は、語学堪能、小説の代筆、論文の代作など、なんでも器用にこなす才人。アパートではこんにゃくを製造し、キャベツ巻に関しては右に出るものがいないオーソリティでもある。ユミ子と五郎は相思相愛。しかし、五郎のピュアな魂は時として、ユミ子を傷つけてしまう。五郎は、したたかな万年浪人・江藤実(小沢昭一)の口車にノセられ、替え玉受験を余儀なくされたり。アパートに住む人々も多種多彩、奇人変人揃いだが憎めない好人物ばかり。

 『幕末太陽伝』でハツラツ、そして軽妙な動きを見せたフランキー堺と、川島雄三コンビによる、スラップスティック感覚あふれる傑作コメディ。風変わりな登場人物の造形による、オフビートな川島コメディの真骨頂。助監督をつとめた藤本義一がシナリオ作りに参加。その顛末は「川島雄三、サヨナラだけが人生だ」(河出書房新社)に詳しい。

 脇を固める人物もユニーク。江戸っ子で、五郎の軍隊時代の上官で、アパート屋敷で、五郎の手ほどきを受けて、コンニャクやキャベツ巻を作っている洋さんこと谷洋吉(桂小金治)はその筆頭。何かにつけて「貸間あり」札を作る。その札を下げるのが生き甲斐という人物で、名台詞「サヨナラだけが人生だ」は、この『貸間あり』のなかで洋さんが放つ。ラストの立ちションシーンでは、小金治は、本番ギリギリまでトイレを我慢させられたとか。キビキビとした動き、さわやかな口跡で、いつまでも青春の炎を燃やす純情な五郎と、名コンビぶりを発揮。

佐藤利明(娯楽映画研究)

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