■プロデューサー  辻井孝夫
実は映画「精霊流し」を担当するはずではなかったのです。直前までNHK「精霊流し」を作っていて、放送も無事終わって少し休もうと考えていた矢先に、「映画の方もやってよ」と言われ、困ったなというのが本音でした。

だから最初のうちは映画の台本を読んでも、頭の中にまだテレビ版「精霊流し」のストーリーが残っていて、個人的には相当混乱していました。

どんな作品でもスムーズに撮影に入れることは皆無です。やはり「精霊流し」もクランクインまでに、そしてインしてからもいろいろと苦労しました。やはり時代設定が60年代ということで、撮影場所を探すことが大変でした。本当は全て長崎でと思っていたのですが、(そのほうが経済的にも効率が良いので)やはり無理があり一部を北九州市で撮影せざるを得なくなりました。

そして夏の場面が多い話(当たり前です。精霊流しはお盆の行事ですから)なのに諸処の事情で、春の早い長崎でもまだ寒さの残る2月から3月にかけて撮影せざるをえなかったことです。特に今年は例年よりも寒さが厳しく、とても大変な思いをされたスタッフ・キャストの皆さんにはこの場をお借りしてお詫び致します。

しかし、出来上がった作品はそのようなことは全く感じさせない素晴らしい作品になっています。それはひとえに監督を始めとするスタッフ、主演の内田朝陽君はじめ気持ちよく参加して頂いた俳優の皆さん、そして何よりもこの映画にエキストラ、或いは裏方として様々な面で協力して頂いた長崎の皆さんのお力があったこそです。この場をお借りして感謝致します。

思い返せば、昨年の5月からドラマ・映画の準備・撮影他で一年以上もの長い間、長崎に何度も訪れ、仕事を離れたところでも様々な方と親しくさせていただきました。私たちの仕事はどれ程ハードが進んでも、やはり人と人とが集まって作る物です。そういう意味でも今回、長崎でこのような映画が作ることが出来てほんとうに良かったと思っております。
最後に今回のロケで、私がいつも言っていた標語があります。
「長崎は人は良いけど、天気は悪い」

おまけです。「精霊流し」は最後のタイトルまでしっかり観てください。特にキャストタイトルです。そうすると絶対もう一度観たくなります。



  ■櫻井雅彦役 内田朝陽
春というにはまだ冷たい風が吹く頃、映画「精霊流し」の撮影は始まりました。
撮影はすべて、長崎と北九州でロケが行われ、僕は「精霊流し」に携わる間ずっと桜井雅彦の生まれた町、長崎で生活をさせてもらうことになりました。
長崎は、まさに僕が思い描く「精霊流し」の風景を湛えていました。
まだ、冷たいが心地よい風。海から山に一気に駆け上がるその風は僕に雅彦という人物との会話をくれたと思います。

精霊流しは人間臭い人間、そして人間愛の話。 親を思う気持ち、恋人を想う気持ち、友を思う気持ちに理由なんて必要は無い。 親は親だから、恋人は恋人だから、友は友だから想う。 「それでいいんだ」と雅彦は、撮影中に精霊流しを通じて、時間をかけて僕に教えてくれました。
この映画を見てくださる人たちが、同じ事を感じてくれたのなら、それはとても素晴らしいことだと思います。

「精霊流し」・・・僕は、まだ冬真っ只中という頃、あまり聞きなれていないその言葉に出会いました。 そして撮影の終わる頃、クランクインの時には蕾だった桜が満開になると、僕は雅彦をとても身近に感じていました。
僕は、「精霊流し」の世界に生きる人間に心を打たれ、「桜井雅彦」という人物を通して色々な経験ができたと思います。

みなさんには、この映画を見るときは難しいことは何も考えずに、ただそこに映し出される物語を見てほしいです。 何故なら、誰の中にももともとある気持ちを、素直に思い出せる映画だと思うからです。

※ 長崎ツアー詳細アドレス
http://www.oricomall.com/top/index.jsp?url=/Shtml/oricocard/travel/shoro/


  ■中国古箏演奏者    伍 芳
来日してから 13 年、ステージ中心の演奏活動を行ってきました。個人的に映画が大好きですので、いつか映画音楽にも参加したいなとずっと思っていました。そしてついにそのチャンスが訪れました。「精霊流し」はもちろん、さだまさしさんの大ヒットソングであり、私自身にとっても日本の名曲のひとつになっています。それが映画化され、そのバックミュージックに参加させていただけてとても光栄でした.。
今回演奏させていただいたメロディーは、神秘的で透明感があります。古箏の響によくマッチしていましたので、微力ながらも映画の感動に花を添えるべく心を込めて演奏しました。中国にも精霊流しと同じような風習があります。国や時代を超え、愛する人への想いは同じなのですね。
伍 芳

※ 2004 年 2 月には初のベストアルバム発売予定


  ■編集  川島 章正
※本文にて内容に触れる箇所がございます。ご注意ください。
冒頭 『幻想ともイメージともつかぬ画面で・・・』
から始まるこの映画は 人は生まれ ゆらめきの中に生き、そして死を迎え、精霊流しの灯に送られながら自然に回帰していく。映画は、生きて死にゆくまで触れ合う人たちに 何を伝えて 何を残していくのだろう、という演出意図に沿って編集されています。前半、時代背景や回想シーンが説明過多にならないよう、撮影された材料の中から、的確なショットを選び出し、さり気なく観客の脳裏に記憶させる工夫をしています。

その中のひとつを説明しましょう。
冒頭で大事なファクターの1つに《赤い薔薇》があります。少年雅彦が、母親のために採ってきた薔薇の小枝を庭に植えている場面。このシーンを丁寧に編集してしまうと意図が観客に知られ、後半、薔薇が生長し、青年雅彦が薔薇と対面する場面の感動が弱くなってしまいます。しかし、それを恐れて淡白に編集してしまうと、観客の印象に残らず 益々感動が弱くなるどころか、薔薇の意味さえ観客に伝わらなくなり映画を台無しにしてしまいます。

登場人物のキャラクターについて説明しましょう。
節子は前半、明るく行動的です。後半、死を迎える頃は内面的な芝居でドラマを盛り上げていくのが演出のねらいになっていますので、前半の編集では節子の台詞は、余韻を残さず、台詞の上げ下げをしながらテンポを出し、松坂さんの動きの軽やかなところ繋ぎ “カットバック”や“アクション繋ぎ”という編集技法を駆使して《明るい節子》を編集で表現しています。後半は台詞の余韻と表情を大事にして節子の内面が観客に届くように、ゆっくりしたリズムで繋ぎ《節子の生きざま》が伝わる様にしました。作品全体の流れでは、前半はアップテンポでドラマの流れを伝え、後半、スローテンポで個々の人々の内面が浮き立つようにしつつ、ドラマの盛り上がりを観客の心に委ねて 生きることの、悲しみ、切なさ、憂い、誇り、勇気、等々をスクリーンの中から感じて欲しいとの思いで編集しました。

映画編集は、1秒24コマのフィルムの中から、的確と思われるコマを慎重に探し出し繋いでいきます。1コマ多くても、1コマ少なくても名場面や感動は生まれません。そして、もっとも難しいのは、編集していることを観客に気付かせないことなのです。



  ■脚本  横田 与志
『精霊流し』の脚本化に当たって。

さだまさしさんの音楽には物語性がある。詩の中にだけでなく、メロディーにも。映画『化粧師』の仕事を一緒にした田中監督から、「さださんの小説『精霊流し』を映画化することになりそうだ」と聞いた時、一瞬、頭の中を『精霊流し』のメロディーが流れた。おそらく、さださんの音楽を耳にした一人一人の胸の中には、一人一人のドアラマが思い浮かんでいるに違いない。小説『精霊流し』を読んだ近藤プロデューサー、田中監督、そして脚本家の私の中にも、それぞれのドラマが浮かんでいた。母、魂の鎮魂、原爆・・・。
私は小説の中にある雅彦の言葉が好きだ。「一回休み・・・」「振り出しに戻る」。 人は、何かを志しても前に進めなくなる時がある。だからといって絶望することはない。何度も休み、何度も振り出しに戻って、またスタートする。結果は問わない。それで充分。歌詞の一節「・・・静かに時間が通り過ぎます。あなたと私の人生を、かばうみたいに」さださんのこの眼差しが描ければと思った。


  ■音楽  大谷 幸
「精霊流しの音楽」

田中監督とは、「化粧師」に続いて二作目になる。

人と人というのは、やはりどうしても避けられない相性というのがあるのだろうか。音楽家同士でも、上手・下手とは別に、フィーリングの合わない演奏家というものが存在する。決して相手のフィーリングが違うからと言って否定する事はないのだが、しっくりこないことはある。映画もやはり、音楽家にとっては感覚のジャム・セッションであるので、既に書かれている台詞を表現するのとは違う「ズレ」が、台本と生じるものだ。
その「ズレ」が、気持ちの良い空間として作品の奥行きを表現できている場合は幸せなのだが、本当の「ズレ」になってしまうと、音楽家は不幸だ。たぶん、演出家もかなり不幸だと思う。

田中監督との仕事は、私の思い込みも多分にあるが、この「ズレ」が非常に少ない。限りなく少ない。或いは「ズレ」自体が有機的に作用する。

今回、「精霊流し」の台本を読んで自然に流れるように湧いてきた音楽は、そのままスクリーンに反映されている。

少年「雅彦」と母「喜代子」との列車での別れのシ-ンのメロディは、作曲を始めた瞬間から、まるで昔からそのメロディが存在したかのように心の中に出来上がっていた。
そして、オープニングやバラの屋敷で使われている曲の、導入からメインのテーマのメロディも、この台本、この映画の世界観が私という肉体を借りて、あるべき音楽の姿を具現化したと言ってもいいだろう。

そして当然、さだ氏のメロディもサウンドトラックの何曲かの中にひっそりと隠されている。「無縁坂」「精霊流し」とがそのモチーフとなっているが、ファンの方にもそれが分かってもらえるだろうか。

また、長崎の「チャンポン文化」にあやかって、「徳恵」のテーマは中国の古箏奏者の伍芳(ウー・ファン)をお願いした。
非常に表現豊かな楽器を、無理を言い極力、抑え目に演奏してもらった。
是非、耳を傾けて頂きたい。

人の心が純粋であった(過去形にしたくはないが、表面上の発展と共に失われている心は確かにある)時代の人間の生き方の、少々照れ臭いが失ってはならない大切なものが、正面から描かれている大好きな映画だ。

  ■企画・翻案  近藤晋
「俺(オイ)は精霊船はん人間同士の魂のリレーのバトンて思うと。大切な大切なもんて思う」「その写真ばよう見てごらん。その綺麗な娘さんは笑うとるやろ。原爆の直後にこげんよか笑顔のできるとやろか。人間て生き物はほんとに不思議か・・・」原作のこの言葉が私の心に深く刺さりました。バイオリンの夢破れた主人公が青春の迷路からどう巣立ってゆくのか・・・人物も筋も違う八つの物語を一体化する翻案は、人差し指で必死に鍵盤を叩く作業でしたが、そのメロディーの底には二つのキーワードがいつも基調音として響いてました。私の中で、ラストシーンで精霊船で送られる叔母は、あの被爆した娘であり、彼女から魂のバトンがリレーされる・・・。「よか笑顔」の謎と「何がバトンだったのか」がさだ氏の歌に乗って溢れ出してくる・・・秘められた母とこの絆が明かされて結実するのです。この映画が「生きる勇気」を皆さんにもリレーし、それが明日への糧として役立つことを願っています。
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