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監督三島有紀子 インタビュー
Director Interview

――島本理生さんの『Red』をなぜ映画化しようと考えたのか。

家族がテーマだった『幼な子われらに生まれ』で浅野忠信と寺島しのぶ演じる夫婦が喧嘩の後セックスするシーンを撮っている時、「いつか男と女の話をきちんと撮らないといけない」と感じていた。男と女(恋愛相手)は一番近い他者であり、自分の内側に潜んでいるものを目覚めさせてくれるものだし、時に、見たくなかった本質も剥き出しになるから。

一方で日頃から社会の雰囲気やニュースを見る中で、自分の中に尺度がなくなっている人が増えて来ているのではないか、と。自分がどう感じたかを考えるより先に、周囲がどう感じているのか、ネットで世間の意見を調べて、それから自分がどうかを考える…。意識していないと、何かを考えるときの基準となる尺度を自分の外に置いてしまう危険性があるなと思っていた。

小説「Red」(島本理生)を読んだ時、日頃考えていたこの二つが一本につながり、この小説を映画にすれば、純度の高い現代版「人形の家」(イプセン)になると思った。自分の感情を抑え込み、頑張って周囲に合わせていた女性が、かつて愛した男との再会をきっかけに、自分の中に尺度を持ち始める物語。そして、男にはひとつの秘密があるのだが、だからこそ覚悟を持って問いかけてくるのだ。〝きみは何者で、何を選び、どう生きたいのか…〟。そして、小説の後半にあった大雪のくだりがとても映像的で、男と女を描くのに説得力があった。だから、そこを膨らませ…大雪の一夜、男と女の朝までのドライブを主軸に、個人の生き方を問う映画、にしたいと考えたのだ。

――原作では鞍田の職業はITコンサルタントですが、映画では建築家に変更されている。三島監督は本作では家族を解体し、塔子と鞍田に心の中だけの理想の家を作らせる。鞍田を建築家に変えた理由は?

鞍田と塔子はある意味、孤独で自分の居場所を見つけられずにいる人。その職業を建築家にすることで、より、居場所がない、理想の家に住めていない、だからこそ死ぬ前に手に入れたいという欲求が強まると。鞍田の理想の家の原点は塔子の原点と共有されている。結果的に二人は自分たちの家を建てることはできないが、二人が見たかった約束の風景は共に見られたのではないか、と考えている。どう生きるのかという事は、何を見たいかということかなと。

二人は何を見ているのか?何を見たかったのか?を見届けてもらえたら嬉しい。

――キャストについてお聞かせください。

すべてのキャストの中で最初に決めたのは鞍田役の妻夫木聡だった。〝塔子の生き方を問う存在〟の鞍田が魅力的でなければ、この物語は成立しない。しかもセリフよりも表情や行動で伝えたい。演技力も含めて、妻夫木聡という人間の存在が、どうしても必要だった。彼の目はいつも濡れていて、思慮深く世界を包み込み、それでいて、いつも表現者としての業があり渇望している。渇望している男には色気がある、と感じる。減量に挑み、身体をも渇望させ、五感を研ぎすませて現場に現れた瞬間が忘れられない。妻夫木聡は鞍田をみごとに演じてくれただけでなく、映画全体の方向を共に考えてくれる、自分にとって一番の〝戦友〟だった。

塔子役には、自分の意志を奥にしまい込んだ空っぽの陶器のような〝お人形〟から、意志が表れ紅潮した肌を持つ〝人間〟までを演じてもらわなければならない。その難易度を考えると、夏帆だ、と。なぜなら、彼女の目はビー玉みたいで何も見てないように感じる時があり、感情が生まれるとそこに強くて深い力が宿り、すべてを見透かしているように見える。それほど繊細な肉体的表現をも要した。夏帆の芝居力については言わずもがなだが、今までできないことをやってもらいたいという願いにも近い想いが強かったので、夏帆自身から出て来る何かを待っていた。塔子という人を夏帆が生んでくれてほんとうによかったと思う。

塔子の夫の真は彼自身の生きている世界ではとても常識的な男だし、彼は彼のやり方で塔子を愛している。彼の母親も別に悪い人じゃない。でも、その常識や価値観が塔子のものとはずれていて、彼女は苦しんでいる。間宮祥太朗には品があり、圧倒的に愛されて育ったからなのか、素直に愛され愛することができる人だ。ご自身と役のシンクロする部分を的確につかみ、自分の中にない部分は膨らませ、繊細に演じてくれた。

小鷹は観察眼があって冷静に人間を見ている人。鞍田の事も愛していて、彼に対するリスペクトもあるから、両方への関心もあり、“セックスしたの?”と直接塔子に聞いてしまう。人を緊張させない達観した自由さが、塔子の心の開放を促し、結果、それが鞍田を結び付けてしまう皮肉な運命にある人だ。地に足のついた達観した自由さが柄本佑にはあり、彼が小鷹という人物、シーンを、とても豊かにしてくれた。タイプの違う、3人の男性キャストが、塔子のいろんな色も、引き出してくれたと思う。

そして、いつか一緒にと願っていた片岡礼子、二度目の山本郁子、三度目の余貴美子と浅野和之と酒向芳、酒造のシーンの岩本淳、オーディションという形で出会った小吹奈合緒や建築事務所や幼稚園のシーンの役者たち…一緒に作った役者すべて、理想のキャスティングだったし、それぞれが役に謙虚に豊かに向き合ってくれた事が、監督としてほんとうに幸せだった。

――自分を抑え込んで摩擦を避けていた塔子が、最後には世間とぶつからざるを得ない強い欲求が生まれますね?

 塔子に、そして見てくださる皆様に、〝自分の人生を生きている〟と思える人生は何なのか、と、強く問いかけたかった。そして、それまで自分の欲求を押さえつけていた塔子が初めて自分の人生を生き始めた瞬間を撮りたい、と。

塔子は母子家庭で育ち、両親がいて家があってという家庭に憧れがあったのだと思う。だが、そもそも、もっと細かく自分の感情に向き合っていたら、違う人生を歩めていたかもしれない。自分をきちんと見つめて選択しないと、傷つける人が増えていくのだ。選択する、ということはとても残酷で重いものを伴う厳しい事だと思う。

今回、ひとつの塔子の選択を描く時に、撮っていて自分自身もいたたまれない想いに包まれた時もあったが、あえて、つらい現実も描かないと決断の重さが浮かび上がらないと考えた。選択は時に人を深く傷つける。その覚悟がどれだけ必要なことなのか、をきちんと描きたかった。

余貴美子さんに演じてもらった塔子の母が『どれだけ惚れて、死んでいけるかじゃないの?』と問いかけるが、これはかつて自分が、会社を辞めて映画の道に進むか悩んでいた時に、女性の先輩に言われた言葉だ。人でも仕事でも〝強く愛せるものを見つけたとき、それが何事にも代えがたい幸福〟であるというのは、まぎれもない真実だとも思う。

正解はない。ただ、生きていく上でどんな小さな選択も、意識的に選び取っているのか、その選択に責任を持って生きているのか。塔子の生きる姿を通して、「自分が本当に生きていると思える人生は何なのか」考えていただけるきっかけになったら、嬉しい。

最後に、「覚悟を持って愛する」ということを〝純粋〟と定義するならば、スタッフとキャストが、〝純粋〟に向かって創りあげた作品になったと思う。
この作品がみなさま心の奥底に届く事を、こころから願っている。

三島有紀子
Yukiko Mishima