![]() 「老後はオステンドで暮す。」多くのベルギー人が夢見る老後の過ごし方である。北海を臨むリゾートには延々と高層アパートが林立し、春から夏の季節には海岸のプロムナードは人々で賑わい、テラス・レストランやカフェではゆったりと飽きることなく海を眺めて時間を過ごす。冬ともなれば身を切るように冷たい西風が吹きすさぶ中を厚いコートに身を包みプロムナードをただ行きつ戻りつする。よどんだ重い灰色の空と海。かもめがときおり浜辺に舞い下りては餌を探す。何もない単調な海辺と化す。その浜辺で、ときおり訪れる家族や友人と飲み食べ、語る以外には何もしない時を過ごすのが大きな夢となる。あくせくと働いた時代の果てに獲得する珠玉の時だ。 フランドルの田舎町ロクリスティの小さな洋品店をたたんで、やっとその夢をかなえた老女ポーレット。赤やピンクの鮮やかな色彩にあふれたオペレッタ歌手でもあった彼女の日々は一転して単調なモノクロの世界に変貌する。「花のない暮し」と気付かせたものは障害者施設に送り込まれた花を愛する知的障害者の姉ポーリーヌが描いた花の絵だった。 冒頭から映画は平凡なベルギー人の暮しの風景の中に私達を引き込む。ベルギー人がタルティンと呼ぶ食パン一切れにジャムかチョコレートを塗り、コーヒーだけのつましい朝食風景。掃除が行き届いた清潔な台所や居間。手入れの行き届いた庭。町に買い物に出れば一見入るには勇気が要りそうな店、今にも「商品には触るな」と声が飛んできそうな光景を思い出す。
そう言えば懐かしいものとしてポーリーヌが欲しがった「白い運動靴」。ひと昔前のベルギー女性ならば決して履かず、手入れの行き届いたヒールが身だしなみであった。また、靴ひもをきちんと結べることがしつけの一つであったことがポーリーヌの「ひも」と叫ぶユーモラスな姿から分かる。 純粋無垢なポーリーヌを取り巻く家族の姿と絆。実直な母親役であった長姉マルタの急死によって生じた派手な妹ポーレットと、田舎を毛嫌いして都会ブリュッセルに飛び出した洗練された末妹セシールの遺産相続をめぐる葛藤。それぞれが自己中心的である。その相続手続きをすすめる公証人の存在。田舎と都会の価値観、暮しの違い。障害者を受け入れる社会のあり方。時代をこえて繰り広げられる人間臭い物語はベルギーらしさにあふれ、日常の断片の中に生きることの哀歓を伝える。介護や老後のあり方を考える私たちにとっても切実なテーマとなって訴えるものがある。 この映画を通して旅行では得られないベルギーの雰囲気を是非味わって頂きたいものである。 |
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