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  ストーリー
澄み切ったイスラエルの青い空。揃いの水色の制服に身を包み、空港に降り立った一団があった。エジプト警察所属のアレキサンドリア警察音楽隊。イスラエルに新しくできたアラブ文化センターでの演奏を頼まれてやってきたのだった。しかし、空港に彼らを待っている人は誰もいなかった。楽隊を率いるのは、誇り高い団長トゥフィーク。過去25年間自分たちだけでやってきたという自負のある彼は、人の手をかりずに目的地に行こうと、若手団員カーレドに行き方を調べるように言いつける。しかし、なにかと反抗的でやる気のないカーレドがちゃんと聞かなかったのか、空港の案内係が間違ったのか、バスを降りた先には、アラブ文化センターのアの字もなかった。一行は、目的地〈ペタハ・ティクバ〉と名前がよく似た、ホテルさえない辺境の町〈ベイト・ティクバ〉に迷い込んでしまったのだ。
 
 
お金もなくお腹を空かせた一行は、とある食堂の女主人の好意で食事をさせてもらうことになる。ぶっきらぼうだが面倒見のいい女主人の名はディナ。彼女は、みんなを泊めようと申し出た。一日一本しかないバスを逃した彼らに他の手段はなく、団員は3つのグループに分かれ、食堂、ディナの家、そして食堂の常連イツィクの家で一泊することになる。トゥフィークはカーレドと共にディナの家に泊まることになった。
 
夫と離婚したというディナは、ひとりで暮らしていた。女と見れば口説きにかかるカーレドはディナにも興味津々だが、ディナが興味を持ったのは堅苦しいまでに真面目なトゥフィークの方。ディナは、町を案内するからという口実でトゥフィークを誘う。断りきれないトゥフィークは、赤いワンピースに着替えて張り切る彼女と、どこか居心地の悪い思いを抱いたまま、夜の町へ繰り出した。町のカフェに入ったディナは、なんとかトゥフィークの気を引こうとするが、試みは空回りしてばかり。音楽一筋でストイックなトゥフィークと、町の男と不倫している自由奔放なディナでは、そもそも接点はないに等しい。「なんで警察の楽隊がウム・クルスーム*1を演奏するの?」と聞いて、「なぜ人に魂が必要なのかと聞くのと同じだ」と返されてしまう始末。だが、トゥフィークの音楽に対する思いに気づいたディナが素直に謝ったことで、トゥフィークの態度が変わった。トゥフィークがはじめて笑顔を見せる。心が通いあった瞬間だった。
一方、カーレドは、地元の若者パピがデートに出掛けるというのに無理やりついていく。しかし、パピは女の子の扱いをまったくわかっておらず、デートは目もあてられないありさまに。「女と…したことないのか?」「ないよ。どんな感じがするの?」カーレドは、それはアラビア語でしか説明できないと、パピにとって未知の言葉を舌に乗せた。官能的なその響きに魅了されたパピは、カーレドに手取り足取り教えてもらいながら、女の子とはじめてキスを交わすことに成功する。
 
イツィクの家では、3人の団員が家族と食卓を囲んでいたが、話が盛り上がるはずもない。イツィク自身、1年近く失業しており、家族に失望されていた。しかし、かつてバンドをやっていたという家族の一員が名曲“サマー・タイム”を口ずさみはじめると、空気が変わった。歌を介して、ぎこちなかった食卓に親密さが生まれていく。
夕食後、自作した協奏曲のエンディングに悩むシモンに、イツィクが話しかけた。「これが協奏曲のラストかも…。派手に盛り上げるんじゃなくて──不意に静まるんだ。悲しくも楽しくもなく。まるで──小部屋のように、明かりとベッドだけ。赤ん坊が眠り…あとは…深い寂しさが。」これだ、これなんだ…シモンの頭の中で、協奏曲のエンディングが、ゆっくりと鳴り始めた。
家に帰ってきたディナは、意を決して「トゥフィーク、エジプト映画は好き?」と話しかける。「小さい頃、テレビでやっていたのよ。オマー・シャリフ*2ファテン・ハママ*3に憧れたわ。あんな悲恋に恋してた。今夜は映画の再現みたい。エジプト映画の燃える恋。でもダメね。私じゃブチ壊しだわ。」それは、挫折を繰り返してきた、彼女なりの告白だった。
だまって聞いていたトゥフィークは、口を開いた。一人息子がかつて過ちを犯したこと。厳しく接しすぎた自分のせいで自殺してしまったこと。そして妻が息子を失った哀しみから死んでしまったこと。トゥフィークは言う、「ディナ、君はいい女性だ」と。
ディナの家に帰ってきたカーレドは、「チェット・ベイカーは好き?」とディナに尋ねるが、「好きだ。レコードも全部持ってる」と答えたのは驚くことにトゥフィークの方だった。反発ばかりしてきた上司との意外な接点がそこにはあった。
 
次の朝、食堂前に集合した団員たち。昨日「ディナ」と呼びかけたことなどなかったように、「奥さん、お世話になりました」と堅苦しい挨拶をするトゥフィーク。「行き先はペタハ・ティクバよ」と、町の名前を書いた紙切れを渡すディナ。何か言いかけるが言葉が出てこない。レストランの外に出たトゥフィークは、ぎこちない仕草で彼女に手を振った。それは、前の晩、彼らがさまざまな違いを乗り越えて、確かに心を通わせたことを示す、小さなジェスチャーだった。
再び、イスラエルの青い空の下。演奏するアレキサンドリア警察音楽隊の姿があった。イスラエルの地で、予想もしていなかった優しさに触れて、彼らは無事に“ベイト・ティクバ〈希望の家〉”から目的地“ペタハ・ティクバ〈希望を開く〉”にたどりつけたのだった。
 
※1…ウム・クルスーム(Um Kulthoum):1904〜1975 エジプトのみならずアラブ全土で愛された偉大な歌手。50年以上もの間大衆に支持され続け、その歌はいまだにアラブのラジオ局で頻繁にかかっている。
※2…オマー・シャリフ(Omar Sharif):1932生まれ。アラブ映画界を代表するトップ俳優。
「アラビアのロレンス」でハリウッドデビューし、アカデミー賞助演男優賞候補にもなった。映画俳優として50周年をむかえた2003年にはベネチア国際映画祭で生涯功労賞を受けた。
※3…ファテン・ハママ(Faten Hamama):1931年生まれ。わずか9歳でスクリーンデビューを果たし、その後エジプトのトップ女優へと上り詰めた。エジプト映画界の繁栄に尽力し、プロデューサーとしても活動した。オマー・シャリフと結婚し、一児をもうけている。
 
映画祭受賞歴 第20回東京国際映画祭
 12月中旬シネカノン有楽町2丁目ほか全国順次ロードショー
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