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スタッフ
監督・脚本
ERAN KOLIRIN
エラン・コリリン
1973年イスラエル生まれ。脚本家としてキャリアをスタートさせ、ギデオン・コリリン監督作“Tzur Hadassim”で1999年度エルサレム映画祭最優秀イスラエル脚本賞に輝く。その後数本の脚本を手がけたのち、2004年にテレビ映画“The Long Journey”で脚本に加え監督業にも進出。長編映画デビューとなった本作で、2007年カンヌ国際映画祭ある視点部門の“一目惚れ”賞、国際批評家連盟賞、ジュネス賞を受賞し、イスラエル・アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞をはじめとする8つの賞に輝くという快挙を成し遂げた。
子どもの頃、僕は家族とよくエジプト映画を見ていた。
 
1980年代初めのイスラエル家庭にとって、これはわりと一般的なことだった。金曜日の夕方、僕たちは固唾を呑んで、当時ひとつしかなかったチャンネルで、オマー・シャリフ、ファテン・ハママ、アデル・イマムらが、複雑にからみあった物語、叶わぬ恋、そして胸を焦がすような痛みを演じるのに見入ったものだ。イスラエルが、南の隣人であるエジプトと、建国してからの半分は戦争下に、そして残り半分もよそよそしく冷ややかな和平関係にあったことを考えると、これはかなり奇妙なことだったと思う。
 
時折、こうしたアラブ(エジプト)映画のあとに、イスラエル公共放送局(IBA)のオーケストラが演奏することがあった。これは伝統的なアラブのオーケストラで、団員のほとんどがイラクとエジプト出身のアラブ系ユダヤ人だった。このIBAのオーケストラを思えば、エジプト映画を観るという習慣がすこし奇妙じゃなく思えるかもしれない。
 
アラブ映画がテレビから姿を消して、ずいぶんたつ。テレビは民営化され、557かそこらのチャンネルで埋め尽くされてしまった。
 
そして、IBAオーケストラも解体されてしまった。MTV、BBC、RTL、“Israeli Idol”、ポップ・ソングや30秒CMが僕たちの元にやってきたのだ。30分放映していただけの四半音の歌のことを誰が気にかけるというのだろう?
 
その後、イスラエルは新しい空港をつくり、道路標識をアラビア語に訳すのを忘れてしまった。そこに山ほど作ったお店の中に、多くの国民が母国語とする、奇妙に曲がりくねった文字の入る余地はない。
 
H&M、Pull and Bear、そしてリーバイスと言った外資系アパレルショップが僕たちに過去を忘れさせてしまうのは簡単だ。時とともに、僕たちも自分が誰なのかを忘れてしまった。
 
なぜ平和がないのかということについて問う映画はたくさんあるが、そもそもなぜ平和が必要なのかを問う映画は少ないように思う。経済利点や関心について取りざたされる中で、根源的なその問いは忘れられている。
 
僕は確信しているが、近い将来に僕と隣人の息子たちが出会う場所は、マクドナルドの巨大な看板の下でネオンが輝くショッピングセンターなのだろう。それはもしかしたら心休まることなのかもしれない。ただ、そこに至る道のりの中で、僕たちが何かをなくしてしまったことは確かだ。僕たちは、真実の愛を一夜限りの関係に、芸術を商業に、人とのつながりや会話することの魅力を、どれだけ多くのものを手に入れられるかということとひきかえにしてしまったのだ。
 
※1…アデル・イマム(Adel Imam):1940年生まれ。コメディアンからスタートした、エジプトで大衆に広く支持されている性格俳優。
あらゆる社会階層の人を演じることができる。2000年にはUNHCRより親善大使に任命され、現在難民活動にも熱心に取り組んでいる。
※2…RTL:欧州の数々の放送局を傘下に持つ大手メディア企業
※3…四半音:半音の半分。中立音程ともいう。アラブ音楽を特徴づける音程。
 
映画祭受賞歴 第20回東京国際映画祭
 12月中旬シネカノン有楽町2丁目ほか全国順次ロードショー
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