あゝひめゆりの塔
ああひめゆりのとう
太平洋戦争が生んだ数多くの悲劇の中でも、最も痛ましい沖縄に散った殉国の女子学徒“ひめゆり部隊”の物語。
昭和十八年。太平洋戦争は各戦地で米軍の反攻がはじまりつつあったが、沖縄はまだ戦争感は薄く、沖縄師範女子部の与那嶺和子は、級友の比嘉トミらと運動会を楽しんでいた。そして師範男子の西里順一郎と知り合ったのは、青く澄みきった秋の空の下だった。昭和十九年、沖縄も戦場としての体制下となり、和子や西里ら学生も一日の半分を陣地構築の作業に従事した。このころ、二人はお互いにかすかな愛情を感じはじめていた。サイパン島が玉砕し、小学校の学童は内地に疎開が決まった。小学校教員の母ハツは和子や弟・武に別れを告げ、輸送船・対島丸に乗った。その対馬丸が潜水艦に撃沈され、永遠の別れになろうとは。姉弟は、母の分まで生きぬこうと誓いあった。十月、米グラマン機がついに襲ってきた。那覇市は炎上し、師範の校舎は焼けた。空襲は連日続き、軍は全島に非常戦時体制をしき、女子学生は臨時看護婦として南風原陸軍病院に、男子学生は鉄血勤皇隊となって陸軍と行動を共にすることになった。昭和二十年三月、和子たちのために証書も賞状もない小さな卒業式が開かれた。校長は訓辞の途中で絶句し、先生たちも、和子もトミも泣いた。そして四月、ついに米軍が無血上陸に成功した…。

(解説)
太平洋戦争末期の沖縄を舞台に、吉永小百合と浜田光夫の黄金コンビで“特志看護婦”として戦火に散華した“ひめゆり部隊”の乙女の悲劇を涙と感動で綴った一大青春譜。幾度となく映画化された“ひめゆりの悲劇”の中でもひときわ異彩を放つ、ダイナミックな演出が映える傑作。冒頭とラストには1968年当時の若者風俗を織り込み、そこから戦時中を回想していく構成になっている。
日本
製作:日活 配給:日活
1968
1968/9/21
モノクロ/125分/シネマスコープ・サイズ/11巻/3427m
日活
【静岡県】御殿場市/下田市/三島市
【沖縄県】糸満市(ひめゆりの塔)/那覇市(姫百合橋・那覇港)/南風原町(南風原街道)
※沖縄県は実景撮影