大正も中頃――。ここ四国・香西市に粋な着流しのみるからに精悍な男、谷村征次郎がふらり舞い戻って来た。この男、五年前にやくざ稼業にあこがれ回漕問屋澤井屋治助のもとを飛び出していたが、期待したその世界に完全に裏切られたいま、堅気になり澤井屋で裸一貫出直す覚悟で帰って来たのだ。だが、澤井屋はいまや落ちぶれていて見る影もなかった。治助は中風で床に伏したまま、残された最後の船も借金のカタに本堂組に取られてしまっていた。本堂組は為蔵、島蔵が率いる悪徳ヤクザで、最近では米問屋菱田屋を抱き込んでこの町の回漕業を牛耳ろうとたくらんでいた。これに発憤した征次郎はふところから大金を投げ出すと、意地でも澤井屋の再建に乗り出した。