大学生の深沢礼治は小さなスナック喫茶店を経営していた。壁一杯に大きく引き伸ばしたアフリカの原野のライオンの写真――それは、自然を愛する礼治の心のあらわれでもあった。彼は、兄の敬太と共に、亡き父の旧友で実業家の時岡の世話になって、この店の資金も出資してもらっていたが、礼治は早くこれを返して独立したいと考えていた。しかし、兄の敬太は酒とバクチに身をもちくずしかけており、時岡の片腕となって、傘下の色々な仕事に関係し、時にはユスリやタカリもやってのけた。ある雨の夜、店仕舞いの後、礼治が一人でトランペットを吹いていると、濡れたレインコートの若い女がそっとやってきた。牧村阿佐子――疲れきって高熱を出して倒れてしまった彼女に、礼治は徹夜で看病してやるのだった。翌朝、熱の引いた阿佐子とお互い名乗りあって別れたが、礼治にはなぜかその面影が忘れられなかった…。