鈴掛信次が間柄冬子を知ったのは、クラブ・ベラドンナであった。白人、黒人、黄色人、色とりどりの人種が踊って騒いでいるこのクラブには、分け隔てのない楽しい雰囲気があった。そんな楽しい雰囲気のクラブも、酒に酔った一人の白人が黒人を殴り倒したことから騒然となった。いがみ合う白人と黒人の前に、長い髪を肩に垂らし、真っ赤な洋服を着た一人の少女が現われた。少女は、白人に向かって「ゲットアウト」と鋭く叫んだ。不思議なことに白人は、その少女の奴隷でもあるかのようにすごすごとクラブを出て行った。卑屈になりそうな黒人を相手に、踊り狂う少女のまわりには神秘的な妖気が漂っていた。その光景を見た信次は、何かに感動を憶え憑かれたように冬子に魅せられていった。それからの信次は、冬子の後を追って町をさまようようになった。雨の日も、風の日も、信次は冬子を求めて歩いた。そんなある夕方、やっと街角で冬子に巡り逢えた信次は冬子から「九時に喫茶店リルケで逢いましょう」と言葉をかけられて有頂天になったが…。