貞淑だった妻が夫を愛しながらも次々と他の男に身体を許していく―。奇才・中平康監督が女の性と業、そこにもつれる様々な人間の深層心理を鋭く描いた文芸作。
沼波敬吉(ヌナミ・ケイキチ)が須賀子と結ばれたのは昭和十四年初夏、見合いをした敬吉の一目惚れだった。須賀子は貞淑な妻だった。敬吉は大学の英文科を出てから大連の専門学校で英文学を教えており、家に帰れば毎晩のように妻を相手に文学論を語った。敬吉はそのひと時に幸せを感じていたが、須賀子は黙って聞いているようで実はうわの空だったことがわかり、それ以来妻のことをどこか醒めた目で見るようになっていった。結婚して五年経ったある日、敬吉を訪ねてきた友人から別れ際に須賀子から誘惑されたことを告白されると、敬吉の須賀子に対する疑念は深まるのだった。翌年、大連がソ連軍に占領されると、須賀子は満鉄社員のブローカー・的場の伝手で社宅で小料理屋を始めた。教授夫人のにわか商売は人気を呼び、的場をはじめ須賀子目当ての客で店は繁昌した。敬吉はシェイクスピアの翻訳に心のよりどころを求めるようになった。引き揚げ後、金沢の敬吉の実家に落ち着くと、須賀子は自ら進んで割烹店の看板を掲げた。武家屋敷の風情の残る店は繁昌し、ここでも土建屋の大谷が須賀子と怪しい仲になっていると知り、敬吉は押し入れの壁をナイフでこじ開け、そこに身を潜めて妻の浮気現場を押さえようと息を殺していた。そこへとうとう妻が男の手を引いて入ってきた…。