戦争の傷痕はまだ残っていた。スパイの養成学校である中野学校出身者の情報将校の半生を描く波乱万丈の物語
宝石商の有坂明夫は、街を歩行中、突然サングラスの女に拳銃を突きつけられ、箱根の山荘に連れ去られた。戦後十八年、戦争の傷痕は跡を絶ったように見えるが、ある人間には傷ましい爪痕がまだ黒い血をしたたらせているのだ。サングラスの女宋明花は、有坂明夫を母親の仇と狙っていた女だ。しかし、山荘で有坂と相対した明花は、この男こそ自分の父親だと知らされた。戦争が生んだこの悲劇の父娘の物語は、有坂明夫の生涯を語ることからはじまる。――太平洋戦争が勃発、日本軍がまだ優勢のうちに東洋の各地に転戦していた頃、陸軍少尉に任官したばかりの有坂は極秘命令を受け、陸軍省情報研究所の門をくぐった。有坂の任務は、中国戦線の最前線に潜入、民間人に変装して諜報活動を行なうことであった。この極秘命令を受けた者は有坂の他、原田中尉、市川少尉の二名。有坂たちは、研究所の門を入ったその日から軍服を脱ぎ、連日連夜死にもの狂いの訓練に明け暮れた…。