迫りくる死の影をみつめながら、限られた青春に万感の思いをたくし、明るく清らかな純愛に生きる妹と姉の姿を描いた珠玉の文芸抒情大作。
逗子の浜辺を解放されたようにはしゃぎ廻る梓。髪をなびかせて胸を張り、大手を広げてはしゃぐ姿は天翔ける青春の女神像のような神秘な美しさをたたえていた。姉の梢は止めるのも忘れ、そんな妹の姿に見とれていた。梓が退院したのは昨日だ。父・修平は病気の娘に静かな環境を用意するため、東京から逗子に引越した。修平の頭には、退院間際に院長から言われた「できるだけ患者をいたわってやってください」という言葉が重くのしかかっていた。潮騒が聞こえる梓の部屋で、彼女は梢から贈られた藤椅子にゴキゲンだ。東京高校の教師の修平と、洋裁学校の先生をしている梢が出かけると、お手伝いの婆や・さとと二人だけだ。さとからホースを奪った梓は、表を通る高校生に頭から水を浴びせてしまった。恐る恐る垣根の上から顔を出して詫びた梓は、振り向いた高校生に胸をドキリとさせた。キリッとした美少年は、逗子高校のヨット部員・富田一夫。梓は彼の面影を、美しい黒い瞳にやきつけた。二度目に彼をみたのは、修平を駅まで迎えに行った帰り道だ。梓は顔を赤らめたが、父は気づかなかった。そんなある日、梓は無謀にも単身上京し、梢の婚約者・山上を訪ねて驚かせた。一方梢は、梓の留守中、梓にあてられたラブレターを読んでしまい、手紙の主と梓の関係に心を痛めた。翌日から梢は、M・Tというイニシャルをもとに病院患者や逗子高校の名簿を調べたが、該当する人間は見つからず…。