都内に連続して殺人事件が発生した。いずれも巨額の金が強奪され、しかも証拠を残さぬ巧妙な手口だった。警察は同じ犯罪グループの犯行と断定、追及したが、必死の捜査も空転し、事件は次々に迷宮入りとなった。神永五郎が秘密指令を受けたのは、警察が全面的に事件から手をひいたときだった。捜査が遠のくと犯人はまた蠢動しはじめる。その油断をついて潜行し、犯罪の破綻を掴むのが彼に与えられた使命であった。潜行秘密捜査官――それが神永五郎の職業である。だが、彼が秘密捜査官であることを知っているのは、警視庁の指令者をのぞいて、この世界に誰もいない。知られてはいけないのである。だから、彼は恋もできず、友人も作らず、また係累もなく、まったく社会から隔絶された孤独者だ。人間性を殺して初めて遂行できる使命なのである。指令者から与えられた手がかりは三つあった。殺人に使用された弾丸の一つが未輸入の特殊なものであること、商事会社で奪われた四千万円のうち一万円札八百枚が続きナンバーであること。そして残る一つは、殺された経理課長の情婦江崎夏子が事件発生と同時に行方不明になっていることであった。