人形のごとく何物にも傷つかぬ冷たい心と身体をもって男から男へ渡る女を描き、現代女性の新しき性のモラルを衝く「太陽の季節」の女性版。
「私は刺戟の多い人生に憧れて東京へ行くの……」。恵子は単調なレールの響きに身をまかせて考えていた。彼女には京都に喬平という恋人がいた。いわば退屈な結婚はいつでも出来る。彼女はもっと波瀾の多い悲劇の主人公の生活を求めているのだ。汽車がガチャンとゆれて、恵子がふっと我に返ったとき、目の前に中年の男が座っているのに気付いた。無雑作だがどこかすっきりとしたこの男に、恵子の触角が動いた。そして彼女がこの男を虜にするのにはそれほど時間がかからなかった。彼は、キャメラマンとして有名な勢津で、恵子がこれから勤める美術出版社にも関係していた。二人が二度目に逢ったのは、上野の美術館で写楽の版画を撮りに行ったときだった。憑かれたようにキャメラを覗く勢津の真剣な顔、額に流れる汗に恵子は強烈な性の匂いを感じて身震いした。恵子の奥にあるものがうずいて、彼女は勢津が忘れられない人となった。そして勢津も彼女の初々しさに惹かれていると知った恵子は、自分の演技に酔うように純情そうな芝居を続けるのだった…。