郷里の佐渡から、弟の三郎が出て来るという電報を手にした田所太平が憂鬱な面持ちで浅草の路地裏の飲み屋“大吉”の縄のれんをくぐった時、ジャンパー姿の春さんが得意ののどで「チャンチキおけさ」を唄い、店の娘・町子や一杯機嫌の男達が小皿を叩いてそれに和していた大騒ぎが一瞬靜まり、春さんの目がチラリと光った。だが、それも束の間、また賑やかな唄が始まった。血気盛んな三郎は、まえから貧しい漁村の生活をきらい、長兄の源一とは全然ウマが合わなかった。きっと今度も、源一と争い、その挙句に恋人の千枝も置き去りにしてオレを頼りに上京して来るのに違いない……そう思うと、みじめな自分の姿に堪えられない程の苦しみを感じ、一人黙々と盃を重ねる太平だった。三郎が上京して来た。しかし三郎は、かつて競艇選手の花形で目下水上バスの運転手をしているという太平の生活が、余りに貧し過ぎ、競艇選手になりたいという希望を、色をなして止める太平を見て不思議でならなかった…。