それは雨が叩きつけるように激しく降る夜のことだった。タクシー運転手の剛はニコライ堂下の舗道でびしょ濡れになっている若い女を乗せるが、高熱にうなされているのを見て近くの病院に連れて行った。西村圭子というその女は急性肺炎と診断された。数日後、病の癒えた圭子は剛からもらったタクシー会社のマッチの電話番号を手掛かりに剛の営業所にやってきた。身の上を語り合ううちに剛は母、圭子は父と片親だけの淋しい家庭であることが二人の心に何か共通の親しさを感じさせるのだった。そして次の休日、隅田川へボートを漕ぎに出かけた二人は、もう幼なじみのように仲良く楽しい一日を過ごした。日暮れて剛は圭子を家まで送って行ったが、彼女の家の表札を見て愕然とした。西村修作ーそれは数年前、運転手になる前の剛がふとした身の誤りから手錠をかけられた刑事その人だったからである。行きつけの大衆食堂「松月」で剛から事の成り行きを聞いた先輩の八郎は「今のお前は立派な堅気の運転手なんだ。勇気を出して一切を圭子さんにも、お父さんにも打ち明けるんだ」と優しく励ましたが、剛には自分の汚れた過去を打ち明ける勇気がどうしても湧いてこなかった…。