哀しき宿命にながされながらも、新雪のごとき純愛に生き抜いた女性の美しくも哀しい生涯を描いた物語。
相次いで玉砕が発表される昭和十八年秋、召集令状を受けた大学生・辻井しげるは入隊前に幼馴染のつぶらに一目逢いたいと、郷里へ向かう列車の中にいた。山陰地方の静かな城下町、旧藩の典医にふさわしく典雅な家。その家の出格子の中程に、一尺角程のガラス窓があり、晴れた日も雨の日も、つぶらは窓の前に座って表を眺めている。外からは、美しい一幅の活人画のように見えた。幼い頃しげるは、小児麻痺で動けないつぶらの傍で、よく蓄音機をかけて遊んだ。しげるにとってつぶらは、心の人だった。しげるが小学生の頃のある日、つぶらとの仲に嫉妬した豆腐屋の娘・時江が、彼を氏神様の暗い本殿に誘い込んだ。この事は、しげるのつぶらへの無垢の思慕に翳を落とした。やがて中学、高校、大学、そして成人しても、しげるのつぶらへの純愛は変わらなかった。列車は郷里の町へ到着した。やっと逢えた二人だったが、幼い頃からの互いの慕情を打ちあけられぬまま別れるのだった。やがて戦争は終わり、男手のないつぶらの家を、町に戻った料亭の極道息子・太刀雄が面倒みていた。母たか子は感謝したが、つぶらは太刀雄が怖しく、しげるの帰りを待っていた。つぶらから送られた守り袋に入った三つの小石を胸ポケッドに入れ、奇跡的に復員したしげるを迎えたのは、つぶらがお嫁にもらわれるという報せだった…。