実地検証が終わり、拘置所の独房に投ぜられた若い死刑囚村岡修は、途端に「殺すなら殺せ!」と暴れまわったが、壁に爪で刻まれた「此処に入った者は、すべてを諦めろ」という落書に、深く胸を抉られたのだった。この拘置所には九人の死刑囚が処刑を待っているのだが、真っ先に呼ばれた佐藤は、年老いた祖母に最後の面会が許され熱い涙にかき暮れた。午前10時—それは死刑囚にとって悪夢の時間である。冷たい石畳をコツコツと響かせて迫って来る刑場への迎えを、「今日は俺か、今日は俺か」と、死への恐怖に異常に緊張した神経で眼を血走らせ、全身を耳にして待ち構えるのだ。この日、バタンコ(刑場)に連れて行かれたのは佐藤だった。彼の遺歌、「ちちははの恋し慕わし罪の身を、ゆるせゆるせと壁にもの云う」を聞かされ、死刑囚達は暗澹たる面持ちになった。修の養い親の前田まさが面会に来た。修の母は空襲で死に、彼は戦災孤児として保育園で育てられたのである。その頃、修の恋人美奈子は、何とかして修の命を救おうと田所弁護士の所へ相談に出かけていた…。