千穂の母萩代は、千穂と祖母宇多を残して高畑家に嫁いで行った。千穂は椿の花蔭から、母の乗る人力車を息をこらして見送るのだった。悲しみを心に秘めて橋の袂に石を蹴る千穂。村人はこの親のない子にひそかに同情を寄せるのだった。「お母さんはお父さんから捨てられたのではないか」と、千穂は幼心を痛めたが、それよりも宇多がことごとに千穂に辛くあたり、特に言い返せば「萩代に手紙をやって感化院へでも入れてもろう」と悪態づくのが我慢できなかった。一年後、同じ椿の頃、萩代が千穂を迎えに来た。高倉家は千穂の家の二倍もあるお城のような旧家。千穂の新しい父高倉は、どことなく冷たい影があった。千穂は女中のさまと同じ床に寝ることになったが、この家の一人息子明吉が父母と同じ部屋に寝ると聞いて憤りを感じ、ある日明吉と喧嘩をして萩代に叱責された。千穂の幼い眼は残酷な程静かに母を見つめていた。そして10年の月日が流れ、千穂は十九になった…。