出版社を営む島木俊三は事業立て直しの金策に失敗して東京に帰って来た。当てにしていた金主が急逝したためだった。出迎えに来ていた事務員の小林みね子の心配をよそに、島木は自宅に戻った。「島木」「白井」と表札が2枚かかったこの家は、もともと朝子、清の二人の子を持つ未亡人で、宝石販売員の白井敬子の家だった。戦後、妻を失い一人娘の弓子を男手一つで育てて来た俊三と敬子が七年前に結ばれた際、自分の家を買うと云った俊三に、敬子が一緒にこの家に住めばいいと云ったのだ。敬子は俊三の娘の弓子を実の娘よりも可愛がっていた。そして、そのことは朝子と清の実の子の感情を微妙に歪めていた。ある日、敬子は金策のため銀座の川村宝石店を訪ねた。空襲で死んだ敬子の父の部下だった川村は敬子に半ダースの南京虫を持たせ、麹町の田部という邸を訪ねるように云った。邸を訪ねた敬子は田部の顔を見て驚いた。父の死後、駅の売店をはじめた敬子の仕入れ先の闇屋の男だったからだ。しかし、偶然来合わせていた田部の弟の昭男を紹介された時、「あ、田部先生でらっしゃいましたね」「あゝやっぱりあの時の奥さんでしたか」。昭男は3年前に弓子の盲腸の手術をした医者だったのだ…。