沿岸航路の船が、初めて見る南国情緒の高知港に入港した。誰よりも先に達也を桟橋に出迎えたのは、相変わらずハキハキと振舞う宗子だった。何かしら、出迎えの一同が、出張命令の一社員に対するものと違った丁重さが目立ち、宗子と二人だけにさせようと苦労しているのが歴然と分かった。こんな時に、すぐ達也の脳裡をかすめるのは、宗子と対照的な渚のことだった。今頃、病気入院の老人を抱えて、誰も頼る者もいない渚は、何を考え、一体どうしていることやら。そんな達也などには全然無頓着のように、宗子は自分を追っかけて来た達也の紹介と案内ではしゃいでいた。高知での達也の生活は、浜寺家の手厚いもてなしと音に聞こえた実業家の浜寺健策氏の名声で、身分不相応と思われるほどの歓待を受けた。誰もが、ひそかに浜寺産業の二代目社長として待遇した。浜寺夫妻はもちろんのこと、本人の宗子までが、晴れ晴れと人々の祝福の言葉を受けているようであった。だが、達也にしてみれば、この人達の好意を無下に退けることも非常識だし、早く何かの口実を設けて帰京したいものと思っていた。この達也の心境を知りすぎるほど知っている宗子は、出来るだけ自分の本心を殺して、あくまで友情的に達也をいたわることに努めるのだったが――。