「警察日記」の名匠・久松静児が再び描く哀愁と微笑の人生譜。母と子の宿命的な哀しさと可笑しさを描く文芸巨篇。
都心から離れた、さる郊外にささやかな二階借をしている静と英一郎、峰子の親子はわびしいながらも幸福な生活を送っていた。母親思いの英一郎は、大学を卒業して、間もなく仙台のある銀行に就職することになっていたが、住み慣れた東京で一緒に暮らしたいという静のたっての希望にそれもできず、毎日無味乾燥の日を送っていた。そんな英一郎の心持を知っている静は、何とか息子の就職口を東京で探そうと、無理した贈物を持っては、息子に内緒で知人を訪ね、就職の依頼をして歩くのだった。また、女子体育大学在学中の峰子は、英一郎とはまるっきり性格が反対で「お前はどうして、こげん男みたいな女に出来たかしらん、毎日兄妹喧嘩せん日はなか」と、静を嘆かせる活発な娘であった。峰子の親友に照子と貞子がいるが、二人共英一郎へ淡い淡い慕情を寄せていた。照子は父親に英一郎の就職口探しを頼み、貞子は峰子を訪ねては、消極的な英一郎への関心を示していた。