東京のとある下町の片隅に点滅する愛情の物語。「吉」か「凶」か?善意の人々が、笑いと涙で描く井伏文学の映画化になる文芸大作。
ここは東京のある下町の一角―。街並みから外れた裏通りのとあるビルに「藤川易断所」の看板がかかっている。その横に「本日で事務所を閉鎖します。厚くこしかたのご愛顧を謝します。藤川透馬」と書いた貼紙が雨に滲んでいる。藤川透馬はこんな男だった。彼と泊った女に、自動車代だと、金の代わりにバスの回数券を渡したり、“鴨来軒”の夫婦喧嘩に仲裁の役を買って出て手数料だと、飯三日分をまけさせたり、スミレ美容院のスミ子に、恋人との相性を占うのに、「現金でなければ三割増しだ」というケチでガリガリで、ガッチリした占い師である。ある日、藤川は易断所の前で、彼を未だに書生扱いにする、一番苦手の易学の先生、加納大剛氏の姿を見つけ、事面倒と街路樹の陰に隠れて様子をうかがう藤川の面前で、加納先生は藤川の寝室に入り込み、知ってか知らずかヌード写真を窓から外に抛り出し、一冊は藤川の頭に当たった。藤川は相手がその気なら…と、バー・ボーリヤスで時間を潰すことにした…。