日本が生んだ最大の詩人・北原白秋の少年期から青年期にいたる詩情に満ちた半生を描いた青春抒情篇。
北原隆吉(白秋)の家は、九州・柳川で酒造、海産物の古問屋として手広く商売をしていた。隆吉には、両親が勝手に決めた許婚の雪枝というお寺の娘がいたが、彼は時子という女学生が好きだった。ある日、学校からの帰途、時子に逢った隆吉は学校が面白くないと不満をぶちまけた。というのも、隆吉にとって信用できる人格を持った先生がいないからで、殊に時子の家によく出入りする英語の長部先生などその一人であった。そうした折、隆吉は小島先生の数学の時間に「みだれ髪」を読んでいるのを見つけられ、文弱の徒と激しく罵られたうえ、本を地面に叩きつけられた。これに憤慨した隆吉は、清介、松尾など学友のなだめも聞かず家に帰ってしまった。彼にとって最大の生命である詩が汚されたことが我慢できなかったからである。一ヶ月の停学になった隆吉は、父の長太郎からも激しく怒られたが、停学になっても真の人間の値打ちに変わりはないと優しくいたわってくれる母親のしげだけが、自分の詩人になりたいという気持ちを判ってもらえるような気がして心強かった。