vol.22 芦川いづみデビュー70周年!清楚でキュートな永遠のヒロイン
2023.02.24(金曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。

2023年は芦川いづみさんのデビュー70周年。2月に主演映画『知と愛の出発』が公開以来となるカラー復元版でDVDリリースされたほか、3月11日からは神保町シアターで特集上映「デビュー70周年記念 恋する女優 芦川いづみ」の開催や、同じく3月にはCS映画チャンネル「映画・チャンネルNECO」で「特集 デビュー70周年 女優・芦川いづみ」の放送が予定されています。

そこでvol.22は「フォーカス 特別篇」として、映画ライターの金澤誠さんに芦川いづみさんについて寄稿していただきました。『あした晴れるか』『陽のあたる坂道』『硝子のジョニー 野獣のように見えて』の3作品を通して、芦川いづみさんの多面的な魅力にフォーカスしています。どうぞお楽しみください。


©日活

清楚でキュートな永遠のヒロイン 芦川いづみ

文:金澤誠(映画ライター)

今年でデビュー70周年を迎えた女優・芦川いづみ。その活躍期間は松竹映画『東京マダムと大阪夫人』(53年)から日活の『孤島の太陽』(68年)までの15年間で、これは彼女の18歳から33歳までに相当する。少女から大人の女性へと変貌していく中で彼女は様々な役に挑戦したが、一般的には“清楚にして芯のある健気な女性”というイメージが強かった。

このベースのイメージを活かしながら、芦川いづみのコメディエンヌとしての魅力を存分に引き出したのが、中平康監督の『あした晴れるか』(60年)である。彼女が演じるのは、やっちゃば(青果市場)で働きながらカメラマンをしている石原裕次郎扮する耕平につき添って、彼に〈東京探検〉という写真シリーズを撮らせようとする、さくらフイルムの宣伝部員・みはる。


『あした晴れるか』(1960年 監督:中平康 出演:石原裕次郎 芦川いづみ 中原早苗 渡辺美佐子)©日活

気の強い山の手育ちの才女で、写真を芸術として理論的に語るが、自分の感性に従ってシャッターを押す耕平とは、まるで気が合わない。理屈で武装し、いつも男性に負けない“できる女“であろうとするみはるだが、やがて子供や夜の女たちに優しい目を向ける耕平の写真に惹かれ、彼に魅力を感じていく。そのプロセスでケンカしながら距離を縮めていく二人の、和製スクリューボールコメディのようなハイテンポのセリフの掛け合いが楽しい。


『あした晴れるか』©日活

また、みはるはいつも黒縁のメガネをかけているが、これが実は伊達メガネ。耕平は酔いつぶれた彼女を家に送っていき、メガネを取ったみはるの顔を初めて見る。みはるの姉(渡辺美佐子)は「この子、(自分が)かわいらしい顔してるから、子ども扱いされるのが癪なんですって」と、彼女がメガネをかけている理由を説明する。才女として戦闘態勢に入った時のメガネ顔とは違う、その無邪気な寝顔が何とも印象的。またみはるはいつもパンツルックで、エスニック風の柄がプリントされたボタンダウンシャツと合わせたファッションが、今観てもまったく古びていない。


『あした晴れるか』©日活

この作品は、9本でコンビを組んだ中平監督と芦川の5作目。中平監督は『月曜日のユカ』(64年)にも通じる、モダンで洒落たセンスの映像をちりばめながら、多彩な演技ができる芦川いづみの力量をわかった上で、パワフルでかわいいヒロイン像を作り上げている。物語の方は、中原早苗扮するバーのホステスも耕平に言い寄って、みはると三角関係になるかと思えば、実は耕平はどちらにもなびかない。あくまでコメディ主体の痛快な娯楽編にしたところに、心地よさが残る作品だ。


『あした晴れるか』©日活

芦川いづみが“清楚で芯の強い”少女としてイメージづけられた決定的な1本が、石坂洋次郎原作による田坂具隆監督の3時間に及ぶ文芸大作『陽のあたる坂道』(58年)である。

物語は田園調布の坂の上に豪邸を構える田代家の人々と、この家の娘・くみ子(芦川)の家庭教師に雇われた倉本たか子(北原三枝)を中心とした人間模様だ。石原裕次郎が父親の愛人の子供で、この家の次男として育てられた信次を演じている。芦川いづみのくみ子は子供の頃のケガによって、少し足を引きずっている。彼女がケガをした事故のことが、家族の中に今も影を落としているが、くみ子自身はそのことで引け目を感じていない。


『陽のあたる坂道』(1958年 監督:田坂具隆 出演:石原裕次郎 北原三枝 芦川いづみ 川地民夫 小高雄二)©日活

後半で彼女は恋人の民夫(川地民夫)に、中学の時に腰に障害があって足を引きずる自分でも将来子どもが生めるのかを、産婦人科へ一人で診察してもらいに行ったことがあると告白する。くみ子は逆境に自ら立ち向かう、勇気と強い意志を持った少女なのだ。さらに兄の信次が妾腹の子であると家族全員が知っているのに、それを明らかにしないままみんなが生活していることに対して、「何人かの人間が集まって一つの家族を作っていくためには、どうしても嘘みたいなものが必要なんだと思うわ」とくみ子は信次に言う。自分の家族を客観的に見つめている賢明さもまた、このキャラクターの魅力になっている。

スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによれば、宮﨑駿監督もこの映画の芦川いづみの大ファンで、宮﨑映画のヒロインは彼女が演じたくみ子のイメージが影響している。要約すると宮﨑監督の芦川いづみに対するイメージは、「良家のお嬢さんで、見た目は清楚。性格は健気で芯が強く、好きな人に対して思いは一途」ということになる。宮﨑作品のヒロインで言えば『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)のクラリス、『風の谷のナウシカ』(84年)のナウシカ、『天空の城ラピュタ』(86年)のシータが、このイメージに当てはまる。

またくみ子は足が悪いが、肉体的なハンディキャップを抱えたヒロインも登場する。例えば『風の谷のナウシカ』のクシャナ、『となりのトトロ』(88年)のサツキとメイの母親などがそうだが、それらの要素がすべて凝縮されたのが、『風立ちぬ』(13年)の菜穂子で、彼女こそ宮﨑監督が芦川いづみを重ね合わせて作ったヒロインの最終形だろう。


『陽のあたる坂道』©日活

清楚な少女を演じた『陽のあたる坂道』、気の強い才女に扮した『あした晴れるか』を経て、20代後半に差し掛かった芦川いづみは女優人生の代表作『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(62年)とめぐり会う。

蔵原惟繕監督と脚本の山田信夫は、『憎いあンちくしょう』(62年)に始まる、浅丘ルリ子が主演した観念的な愛を描いた“典子”3部作で知られる名コンビ。ここでは北海道を舞台に、母親から秋本(アイ・ジョージ)という“人買い”に売り飛ばされた女性・みふね(芦川)が、彼の元から逃れて函館でジョー(宍戸錠)という競輪の予想屋と出会い、二人の間で揺れ動くさまが映し出される。少し頭の弱いヒロインとふたりの男という人物関係は、公開当時F・フェリーニ監督の『道』(54年)を翻案したものと言われたが、これが単なる男女の三角関係にならないところに、蔵原&山田コンビらしいひねりの効かせ方がある。


『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962年 監督:蔵原惟繕 出演:芦川いづみ 宍戸錠 アイ・ジョージ 南田洋子)©日活

みふねは「硝子のジョニー」という歌に出てくるジョニーという架空の男が、いつか自分を救ってくれると思い続けている。だから彼女は自分と触れ合った男を誰でもジョニーと呼び、すがろうとするのだ。男ふたりにとっても、みふねは意中の人ではない。ジョーは自分が肩入れする若い競輪選手に新しい自転車を買ってやるため、みふねを売り飛ばすし、秋本は献身的に自分のケガの看病をしてくれたみふねを置いて、かつて自分を棄てた妻を探しに小樽へと逃げていく。男たちにはそれぞれ人生の物語があり、みふねには自分とジョニーだけの物語がある。その交錯しながら離れる3人の流浪する魂を、蔵原監督は精神的なロードムービーとして描き出した。


『硝子のジョニー 野獣のように見えて』©日活

芦川いづみは、男に頼らなくては生きていけない弱い女に見えながら、その実ジョニーと出会えると疑わない信念を持った女性を、体当たりで演じた。ここでの彼女は髪がボサボサ、化粧ッ気がほとんどなく、冒頭では裸足で町を歩き回る。感情のままに男の前で泣き、叫び、笑う彼女は、これまでの清楚で芯の強い芦川いづみと対極にあるかのようだ。しかし、だからこそ心のジョニーを求める無垢な女性のひたむきな愛情が強く刻印されて、まるで“聖女”のように見えるのである。才女として外見を固めた『あした晴れるか』のみはると違い、見た目を気にせず、その身一つで女性の思いを表現した、ある意味芦川いづみの到達点がこのみふね役であった。


『硝子のジョニー 野獣のように見えて』©日活

最後に余談を一つ。この映画で秋本を棄てた妻ととして登場するのが、桂木洋子。木下惠介監督の『肖像』(48年)で女優デビューした彼女は、芦川のひと世代前の純情可憐な女優を代表するスターだった。その彼女がここでは、男を棄てて夜の街で生きる女を演じているのが興味深い。桂木洋子はこの映画の翌年、33歳で女優を引退する。そして芦川いづみが68年に引退した時も、年齢は33歳。彼女たちが偶然にも同じ年齢で引退し、その清楚で健気なイメージを強くスクリーンに残したことに、不思議な縁を感じてならない。

 

芦川いづみ(略歴) 松竹歌劇団在籍中に川島雄三監督に見いだされ、1953年『東京マダムと大阪夫人』(松竹)で銀幕デビュー。55年、日活に移り、数々の文芸映画、青春映画で活躍した。全盛期の68年、藤竜也さんとの結婚を機に引退。以後メディアには一切登場していないが、その清楚な美しさは今なお多くのファンを魅了している。スタジオジブリ・宮﨑駿監督作品のヒロインの原型とも言われているほか、「デビュー65周年記念芦川いづみDVD」リリース時にイメージイラストを手掛けた漫画家・江口寿史も「永遠の心の恋人」とツイートしているほどである。

『知と愛の出発』[カラー復元版]DVD


©日活

美しい湖のほとりで過ごす少女達の清らかな恋と性の目覚めを描く青春篇。公開時以来となる「カラー復元版」で待望の初DVDリリース!

監督:斎藤武市 脚本:植草圭之助 出演:芦川いづみ 川地民夫 中原早苗 白木マリ 宇野重吉 小高雄二
1958年/日活/約89分/カラー
価格:3,520円(税込)/3,200円(税抜)
特典:フォトギャラリー収録/カラー復元ビフォーアフター
詳細はコチラ

神保町シアター「デビュー70周年記念 恋する女優 芦川いづみ」

【期間】3月11日(土)~4月14日(金)
【上映作品】
東京の人 前後篇/陽のあたる坂道/堂堂たる人生/しろばんば/乳母車/白い夏/風のある道/あじさいの歌/しあわせはどこに/完全な遊戯/男なら夢をみろ/学生野郎と娘たち/青春怪談/霧笛が俺を呼んでいる/あした晴れるか/青年の椅子/誘惑/知と愛の出発/硝子のジョニー 野獣のように見えて/真白き富士の嶺(全20作品)
詳細はコチラ

映画・チャンネルNECO「特集 デビュー70周年 女優・芦川いづみ」

デビュー70周年を迎えた今なお人気が衰えない女優・芦川いづみ。清純派から体当たり演技まで、作品や役柄で変幻自在に変貌する芦川いづみの可憐でコミカル、時に妖艶な魅力を堪能できる3作品をセレクトして放送!

【期間】3月放送(4月リピート放送)
【放送作品】その壁を砕け/嵐を呼ぶ男(渡哲也版)/結婚相談
詳細はコチラ
★《ぴあ×チャンネルNECO》強力コラボ 【やっぱりNECOが好き!】「見る者を魅了する、芦川いづみの魅力」
https://www.necoweb.com/neco/info/detail.php?id=813

 

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