vol.8 日本一拳銃の似合う男"エースのジョー"をしのんで

2020年09月25日(金曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。vol.8は、本年1月に永眠した"エースのジョー"こと宍戸錠さんにフォーカス。前半は、わずかではありますがイベント取材を経験した担当者から見た錠さんの印象、後半は横浜シネマリンさんの【追悼特集】上映作品から1作品をピックアップ。在りし日の錠さんに思いを馳せて。



私が見た、宍戸錠さん

自然と、いつも場の中心になる人がいます。私のなかの宍戸錠さんは、そんな印象の人です。

自分が生まれる前のこと、ということもあり、宍戸錠さんが映画全盛期に日活を支えた大スターであることをよく知らぬまま、しかし豊頬手術されている方だということは子どものころから知っていた私が縁あって日活に入社し、イベント取材に立ち会う機会を得ました。

最初に"生"錠さんを見たのは、2009年4月。映画『THE CODE / 暗号』 プレミア試写会の舞台挨拶です。知識ゼロだった私も、その頃には何本か錠さん出演作を鑑賞し、恰好よくてオシャレで、さらにコミカルなところに親しみも感じられる、エースのジョー演じる「殺し屋」に魅了されていました。

颯爽と拳銃を操り、ときに主役をも凌ぐ存在感を見せつけていた当時からおよそ50年。プレミア試写会に登場した錠さんは、真っ白なスーツに身を包み、本作で共演した松方弘樹さんを相手にガンアクションを披露。目にも止まらぬ早業で、銃口が火を噴きました。時を経てラスボス感が加わり、重厚な雰囲気ながらも往年の日活映画を彷彿とさせる見事な拳銃さばきに、客席からは大きな歓声が湧きました。演出上、両者凶弾に倒れましたが、「殺し屋」宍戸錠の健在ぶりに興奮しました。

次に錠さんに会えたのは、2011年11月に行われた鈴木清順監督特集上映でのトークショーです。当日会場にいらした方は憶えていると思いますが、清順監督と錠さんのテンポの良い掛け合いに、会場は終始笑いに包まれていました。錠さんが9割方しゃべって場を盛り上げ、清順監督の1割の相槌でお客様をドッと湧かせる。すると錠さんが拳銃を構えるポーズで、さらに盛り上げる、といった具合です。

こうして割合を書くと、錠さんが一方的にしゃべっているのかと勘違いされそうですが、清順監督の面白さを引き出すその塩梅が絶妙。話の流れや雰囲気を察知して、清順監督を引き立ててトークを繰り広げます。日活時代に錠さんが出演した清順監督作(鈴木清太郎時代含む)は7作品と決して多くはないのですが、海外でも評価の高い『肉体の門』、代表作と評される『殺しの烙印』『野獣の青春』などの出演を通して築かれたのであろうお二人の絆を感じることができ、会場が一体となった心地良いひと時でした。

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*左)2012年100周年関連イベント 中央)『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』より場面写真 右)2011年トークイベント


2012年9月に創立100周年を迎えた日活は、2011年9月~2013年9月までの足掛け2年を100周年期間としました。OBの方々にもご協力を賜る中で、日活ニューフェイス第1期生である錠さんには、カウントダウンイベントや海外の特別上映にも同行いただくなど、日活100周年の"顔"として、さまざまな場面にご登場いただきました。

2012年9月には日活調布撮影所で行った「創立100周年記念式典(手型モニュメント除幕式・祝賀会)」、12月には京王線・飛田給駅で催された「手型モニュメント公開除幕式」にご登壇。

記念式典には総勢200名のOBの方々にご出席いただき、ニューフェイス第1期生というお立場ももちろんあると思いますが、ユーモラスに当時の思い出話を繰り出す錠さんを他のOBの方々が囲み、さまざまなエピソードが次々と披露されました。かつて毎月のように新作が公開されていた時代、多忙なスケジュールの中でも俳優同士がいかに素敵な関係を築き、撮影所で楽しく時を刻んでいたか。「日活らしさ」を作り上げ、一体となって盛り上げていた当時のエネルギーを窺い知ることができました。

飛田給駅での除幕式は錠さんおひとりの登壇でしたが、登場するなり自ら握手のサービス。スターのオーラをまといながらも、近寄りがたさを感じさせず、一瞬でその場にいる我々の心を掴んでしまうのが錠さんの魅力だなと、カメラを構えながら実感したことを憶えています。残念だったのは、次々と握手する錠さんをスタッフが制して、握手してもらい損ねたこと。日活社員なので遠慮するのは当然ですが、イチ取材者として他の方々と同じ並びにいた私は、この流れに乗ってあわよくばとドキドキしていたものの、あと二人くらいのところで叶いませんでした...。

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*日活100周年記念 手型モニュメントは、2018年に京王線・調布駅へ移転しています。


正式な取材の場でお会いしたのは全部で4回ほどですが、記事などで世にでない場面としては、OBスタッフのお別れ会で何度かお会いしています。お別れ会に参列される俳優さんの中には、完全にオーラを消されている方もいらっしゃるのですが、錠さんは会場に入ってこられた瞬間から「俳優・宍戸錠」でした。そこにいる全員の注目をあびます。そして、注目をあびた錠さんは、その場にいる方々が故人への思いを馳せられるようなエピソードを披露し、故人を送り出すのです。

自然と、いつも場の中心になる人がいます。そういう方は、聞き上手で話し上手ではないでしょうか。周りをよくみていて、人を楽しませたいという気持ちをいつも心に持っている方のような気がします。お会いしたのはわずかな機会ではありますが、私のなかの宍戸錠さんは、そんな印象の人です。

2020年1月、エースのジョーは旅立ちました。今ごろどこかで、あの色気を帯びた眼差しでキザな台詞をクールにきめて、誰かに銃口を向けているかもしれません。

豊頬手術前の端正な二枚目俳優としての役柄、コミカルな役柄、唯一無二の好敵手、人間味あふれる殺し屋、無口な殺し屋...主役、脇役問わず幅広いキャラクターで私たちを楽しませてくれた錠さんは、数多くの映画の中で永遠に生き続けます。

(vol.8 前半:日活公式SNS中の人<S> 兼 フォーカス担当)


続いては、錠さんの170本を超える日活出演作の中から、横浜シネマリンさんの追悼特集でも上映される『拳銃は俺のパスポート』にフォーカス!


*後半パートは作品の内容に触れる記述が含まれます。作品をご覧になってから内容をお知りになりたい方は、ご注意ください。横浜シネマリンさんの【追悼特集】に関しましては、本ページ下の方に表示されているポスター画像以下をご参照ください。


拳銃は俺のパスポート

「俺の名はエースのジョー。生まれながらの殺し屋さ」

今年86歳で亡くなった宍戸錠さんの最後の夢は「90歳で殺し屋の役をやること」だったそうです。やはり今年亡くなった野村克也監督が「生涯一捕手」なら、宍戸錠さんは「生涯一殺し屋」だったといえるでしょう。

殺し屋を演じることにずっとこだわってきた宍戸錠さんが「最も好きな出演作」というのが『拳銃は俺のパスポート』(1967年/野村孝監督)です。

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殺し屋の宍戸錠は大田原組から島津組組長(嵐寛寿郎)の暗殺を依頼され、報酬の半分と高飛び用のパスポート、航空券を受け取ります。

「部屋を見たいんだ」と貸マンションに上がり込んだ宍戸錠は、四階の一室から、向かいの屋敷の嵐寛寿郎にライフルで狙いを定めます(煙草を窓の外に突き出して、煙の流れで風向きを確かめる仕草が「殺しのプロ」を感じさせます)。

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殺しを終えた宍戸錠は、待っていたジェリー藤尾の車に乗って逃走します。廃車工場に立ち寄った宍戸錠は、殺しに使ったライフルを処分します。


ジェリー「しかし、勿体ねえな」

錠「あれでいいんだ。お前はまだ若い。生きていたかったら仕事に使った銃にいつまでもこだわっていちゃ駄目だ」

ジェリー「それにしてもさあ」

錠「俺の指紋は指じゃねえ。俺は今、島津の腹ん中にたんまり指紋を残してきた。その指紋を今、消した。それだけさ」


殺し屋というと一匹狼のイメージがありますが、『拳銃は俺のパスポート』は宍戸錠とジェリー藤尾の「殺し屋バディ・ムービー」なのです。

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二人は高飛びするべく空港に向かいますが、待ち構えていた島津組の子分たちに捕まり、ジェリー藤尾の車で連れ去られてしまいます。しかし「隠しブレーキ」が作動し、子分たちはフロントガラスで頭を打って失神します(シートベルトが無かった頃のお話です)。

危うく難を逃れた二人は、大田原組から横浜の「渚館」に行くよう指示されます。ジェリー藤尾が「渚館」の部屋の窓を開けると、ウェイトレスの小林千登勢が現れます。

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千登勢 「命が大事なら、そこを開けない方がいいわ」

ジェリー「えっ」

千登勢 「去年の夏、窓を開けた途端に頭の真ん中を撃ち抜かれた人があったわ。あと3時間ほどで船に乗る若い男だったけど」


二人は船で脱出しようとしますが、埠頭にも島津組の殺し屋(草薙幸二郎)が待ち構えていて、争っている内に船は出航してしまいます。仕方なく二人は「渚館」に引き返します。イラ立っているジェリー藤尾に宍戸錠が「唄いな。唄えば心が休まる」とギターを手渡し、ジェリー藤尾は「♪遭いた~いぜ~」と唄い出します(日活映画らしさが漂います)。

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宍戸錠は、小林千登勢が食事を配達しているダルマ船の船長を紹介してもらいます。

千登勢「今の私にあるのはガソリンと男の匂いと埃だけ。逃げてばっかり。逃げるのはもうくたびれたわ。似てると思わない?あなたたちと」

錠「俺のは逃げるんじゃねえ。生きるんだ。昔からそうやってずっと生きてきた。ガキの頃、もし俺が戦うことを知らなかったら、何度餓死してたかしらねえ。今度だって俺は必ずここから脱け出してみせるぜ」

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大田原組と島津組の手打ちが行われ、手打ちの条件として宍戸錠を始末する約束が交わされます。宍戸錠と小林千登勢がダルマ船に行っている間に大田原組の子分たちが「渚館」を訪れ、ジェリー藤尾をリンチして連れ去ります(ガタイのいいジェリー藤尾は、007シリーズのダニエル=クレイグのようにリンチがよく似合います)。

宍戸錠は、ジェリー藤尾を逃してくれれば自分は残ると大田原組に約束し、ジェリー藤尾を引き取った後、ダルマ船に乗って一人で埠頭に戻ります。「明日午前7時、埋立地で会おう」と大田原組に電話を入れた宍戸錠は、埋立地に行って作戦を練ります。

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錠「相手は何人いるだろう。三人?五人?十人かもしれない。拳銃で戦えば一人か二人、せいぜい三人しか倒せない......。散弾銃か?散弾銃なら一発の弾でうまくすれば二人は倒せる。殺さなくても戦闘能力を奪うことは出来る。あとはこのベレッタだ。二連銃なら四人まで倒せる」

翌未明。寒風の埋立地に定刻より早く現れた宍戸錠は、シャベルで地面に穴を掘り始めます。
ふと気づくと穴の中を一匹のハエが弱々しく這っています(『ワイルドバンチ』(1969年/サム・ペキンパー監督)冒頭の「大量の蟻に襲われるサソリ」のように、宍戸錠の運命を暗示しているかのようです)。

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*ラストシーンの撮影風景


ちなみにこのハエについて宍戸錠さんはこう語っています。

撮るのが一月だから、蠅なんかいるかよと思ったけど、小道具が大丈夫持ってくるからと言って本当に持ってきた。どこから捕まえてきたんだって聞いたら日活の食堂ですと(笑)。
(『映画芸術』2002年冬号、宍戸錠インタビュー 58頁 「『拳銃』は俺の代表作」より)

定刻。防弾ガラスを装備した敵方の大型乗用車が、宍戸錠に襲い掛かってきます。車窓から連射される弾丸に傷つき、ガクッと膝を落とす宍戸錠。尚も突進してくる自動車......。

野村さんとカメラマンの峰重義さんが自動車のシャーシー(車台)をバッと取って、自動車が動けるように車体の下だけ残して、その下にカメラをつけてワーッと撮った。穴に来た瞬間、俺が飛び込んでダイナマイトをガチャンとつけるところもやったんだけど、それは撮れてない。結構十三、四回やったんだけど。
(前掲インタビュー)


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「ハードボイルドな殺し屋」を日本で成立させた「奇跡の映画」が『拳銃は俺のパスポート』なのです。

(vol.8 後半:太田慶)


横浜シネマリンさん【追悼特集 宍戸錠映画祭】では、スクリーンデビュー作『警察日記』、魅力的な敵役として人気を得た『大草原の渡り鳥』『拳銃無頼帖 抜き射ちの竜』、無国籍アクションスターの座を確固たるものとした人気の稼業シリーズ第2弾『用心棒稼業』、コメディアクション『危いことなら銭になる』、ハードボイルド作品『野獣の青春』『拳銃は俺のパスポート』『みな殺しの拳銃』『殺しの烙印』など、選りすぐりの15作品が上映されます。

日本一拳銃の似合う男"エースのジョー"に会いに、ぜひ劇場へ足をお運びください。


【追悼特集 宍戸錠映画祭】横浜シネマリンにて<2020.9.19-10.9>開催!

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日程:2020/9/19(土)~10/9(金)の3週間
作品数:15本(1日2本上映。毎日入れ替え)
9/26(土)『拳銃残酷物語』、9/27(日)『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』上映後トークショーあり
*作品詳細などはコチラ
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<参考:前半で振り返った過去のイベントの模様>

2009年4月舞台挨拶
2011年11月トークショー
2012年9月100周年記念式典
・2012年12月 手型除幕式

*スタッフコラム「フォーカス」とは?詳しくはコチラ


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