vol.3 過去の資料を探して(スチール篇)

2020年04月24日(金曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。1912年(大正元年)に「日本活動写真株式会社」として産声をあげた日活は、本年9月10日に108周年を迎えます。vol.3は、映画会社として日本最古の歴史を持つ当社の"過去の資料管理"にフォーカス。どうぞ、お楽しみください。



1.はじめに

入社以来38年、そのうちかれこれ半分ほどの期間は過去の資料管理に携わってきました。初めてこの業務に関与した1996年、それまで管理部の1セクションが担当していたフィルム原版の管理を引き継いだのを皮切りに、各部署、事業所が管理していたビデオ原版、音楽原盤、プレスシート、スチール写真、ポスター、撮影台本、完成台本、プロット、小道具等々の資料を次々引継ぎ、収集、整理、保管、データベース化という作業が今も続いています。

この仕事の楽しさは、不明資料を発見したり、データから資料を特定したり、データそのものを新しい資料によって書き換えたり出来たときにあります。ただ、その反面、過去の膨大な資料を目の前にすると、どこから手を付けてよいのか悩むことも多々あります。

原稿を書いている現在(4月13日)、未曽有の世界的な新型コロナウイルス感染症対策のため在宅勤務を余儀なくされています。これを過去の業務について振り返る良い機会と考え、また最近、一般のお客様から貴重な戦前作品の宣伝用スチール写真をご提供いただいたこともあり、「スチール写真の収集」にフォーカスして、私が過去関与してきた事例をお伝えしたいと思います。

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2.保管の現状

世間一般の方々は、映画会社には映画に関する資料はすべて保管されているのではないかとお思いかもしれませんが、私が業務を引き継いだ時、戦前作品(1912~1942年)のスチール写真はほとんど保管されておらず、創業期の大正時代のものに至っては皆無でした。

戦前だけでなく、戦後製作再開した1954年以降についても1970年代前半までのカラー写真がほとんどないのですが、モノクロ(白黒)の写真は大半が残っています。

私がスチール写真の管理業務を引き継いだ2000年代前半にまず取り組んだのは、戦前の1912年から1942年まで3千余の作品が製作されたにもかかわらず、その大半が失われた戦前の30年、この「空白の30年」をスチール写真で少しでも取り戻すことでした。


3.収集の事例

1)アーカイブ

私が最初に手掛けたのは、写真のアーカイブに関して国内有数の川喜多記念映画文化財団から収集することでした。具体的には、財団と交渉し、足を運んで写真の現物を見せてもらい、複製品を購入するという作業を行いました。

溝口健二、内田吐夢、伊藤大輔、田坂具隆等著名監督の主だった作品のスチール写真がここでかなり収集できました。以後、国立映画アーカイブ、京都文化博物館など公的アーカイブからも収集してきました。

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*『世界の女王』(1924年/溝口健二監督):川喜多記念映画文化財団より収集


2)OB関係者

その後、調べていくうちに、社内に出所元が判然としない古い写真アルバムが数冊あることがわかりました。大正~昭和初期の京都・大将軍撮影所、同・太秦撮影所時代のスチール写真と当時の撮影所長・池永浩久氏が多く写っている記念写真があることから、いつごろかは分かりませんが、池永氏の関係者から寄贈されたと推測される、大変貴重なものばかりでした。

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*1926年1月、渡欧より帰国した村田実監督(オープンカー上右)を神戸港に出迎えた尾上松之助(同左)と池永所長(同中央)


さらに時は進み、当社が2012年に創立100周年を迎えるにあたり「日活100年史」を制作する際に訪ねた複数のOB関係者からも、数多くの写真を提供いただくことができました。

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*『明治元年』(1932年/伊藤大輔監督)左から大河内傳次郎、片岡千恵蔵


これで太秦撮影所作品の多くが収集できましたが、向島撮影所の大変貴重な写真が収集できたのもこの時でした。

日活草創期の二大撮影所のひとつ、向島撮影所は東京の隅田川の堤外敷地にステージを構え、数々の新派劇を生み出しました。時代の流れとともに変わる映画の表現形式にも果敢に挑み、さらなる改革に着手した矢先、1923(大正12)年9月1日、マグニチュード7.9の関東大震災が関東南部を襲いました。

この震災によって日活は、本社、フィルム倉庫、直営館を焼失。向島撮影所も被災したため、現代劇部は同年中に京都へ移転、向島撮影所は一部スタッフを残し、1934(昭和9)年、現代劇部が東京・調布村に移転するまで存続しました。

失われたフィルムを観ることは叶いませんが、スチールを通して当時の映画の痕跡を辿ることは出来ます。そういった意味でも、過去のスチール収集には、大変大きな意味があるのです。

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*1920年前後の向島撮影所編集室


3)一般のお客様など

この仕事をしていると、時々、思いがけなく未知の資料との出会いがあったりします。

今でも忘れませんが、20年ほど前、関東近県にお住まいの方から会社へ電話があり、話を聞くと「亡くなった祖父が大正時代、向島撮影所に勤めていて、遺された写真などの資料があるが見てもらえないだろうか?」ということでしたので、すぐにご自宅まで伺ったことがあります。

すると写真だけでなく、入社から退職まですべての辞令なども大事に保管されており、当時の職制などもわかる資料として貴重なものであり、向島撮影所を象徴するグラスステージ脇の全員集合写真には目を奪われました。

ありがたくこれらの資料をご提供いただくことに話がまとまり、よもやま話をしているうちに、なんとなく聞き覚えのある苗字だったので、訊ねたところ、まさに私がその時住んでいた地域の近所の方と親戚であることがわかり、不思議なめぐりあわせだと感じました。そんなこともあって、未だに忘れられない思い出となっています。

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*1922年頃の向島撮影所員集合写真


また、古書店巡りが好きなこともあり、古書店等で昔の写真を購入することもあります。

なかなかお目当てのものに巡り合えることはありませんが、まれに珍しい写真を入手することがあります。これもそんな一枚です。

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*1928年頃の太秦撮影所女優化粧室にて、左から酒井米子、伏見直江


こうした経緯をふまえ、数年前からホームページで過去資料に関する情報提供を呼びかけるようになりましたが、それにお応えいただく中で貴重な資料をご提供いただくことも増えてきました。

今年の3月には冒頭でも記したように大変貴重な昭和10年前後の多摩川撮影所時代のスチール写真を数多くご提供いただきました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。下はそのうちの1枚で、ホームページ上の作品データベースでは紹介しきれなかった女優の水着写真です。

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*1935年の水着撮影にて左から原節子、黒田記代、花柳小菊


4.写真の用途

集められた写真はスキャナーで取り込んだ後、現物は倉庫に保管し、以後は汎用性の高いデジタルデータで活用され、数々のスチール写真がホームページ上などで一般の方々にもご覧いただけるようになるわけです。


5.これから

当社の三千余に上る戦前作品は、過去の天災、戦災等によりその大半を失っており、残念ながら、今では鑑賞することは叶いません。ただ、それを嘆いていても仕方ありません。

たった1枚のスチール写真が、幻の映画の一コマを鮮やかに蘇らせ、日活の映画史を築き上げてきた先人たちの思いと私たちをつなぐ懸け橋にもなりうるのです。
  
これまで、さまざまな過去の資料と出会い、向き合ってきましたが、どんな資料にも価値があり、映画を後世に語り継ぐうえで不要なものは一つもないと確信しています。
 
そのため、仮に写真、ポスター等の複製資料で余剰のものがあっても、すぐに廃棄することはせず、全国のアーカイブや大学等の研究機関に働きかけるというアプローチを常に念頭に置いて事に当たっています。そして、これからも未知の資料との出会いを求めて、日々の業務に携わっていきたいと思います。

(vol.3 文:谷口公浩)

<執筆者プロフィール>
名古屋出身。高校生の頃テレビで見た『東京の暴れん坊』をきっかけに、ファンとなった小林旭作品を中心とする日活映画に傾倒。大学入学を機に上京した1978年春「日活スタジオ祭り」で、マンションが建つ前の全盛時の雰囲気を残す撮影所を体験。日活入社後、1年目は現場見習でロマンポルノ作品の製作進行や助監督も経験。様々な部署を経たのち、30代後半で版権管理業務に初めて関わる。その後、小林旭50周年PJ、撮影所を経て、日活100周年PJ発足を契機に現職に復帰し、現在に至る。


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当社の公式サイトには、7000タイトル以上の作品情報が入っています。ただ、その全ての情報が完全に整備されているわけではなく、順次整備しているところです。以前閲覧されたときには入ってなかった写真や作品情報が、次にご覧いただいたときには確認できるかもしれません。数が膨大なため多くの時間を要しますが、担当者一同、後世に残すための大切な情報と真剣に向き合い、日々作業を進めています。

*1912年創立の日活の簡単な歴史はコチラをご覧ください。


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