vol.25 「鈴木清順生誕100周年プロジェクト」のアートワークを担当した若林伸重さんにインタビュー!「『東京流れ者』を観て、この世界で生きていこうと思ったんです」
2024.07.16(火曜日)

スタッフコラム「フォーカス」へ、ようこそ!当コラムでは、日活作品や当社が関連する事業などに従業員目線で"焦点(フォーカス)を当て" 様々な切り口でその魅力をお伝えします。

鈴木清順生誕100周年を記念してブルーレイBOX其の壱「セイジュンと男たち」、其の弐「セイジュンと女たち」が発売中。そして9月4日には『東京流れ者』[4Kデジタル復元版]を収録した、其の参「セイジュンと流れ者」のリリースも決定しました。

そこで今回の「フォーカス」は「鈴木清順生誕100周年プロジェクト」のポスター&チラシ、ブルーレイBOXのアートワークを担当された若林伸重さんにお話をお聞きしました!清順映画との出会いやこれまでの映画遍歴、今回のアートワークのポイントなど、熱い想いが迸るインタビューとなりました。聞き手は映画評論家の轟夕起夫さんです。どうぞお楽しみください。
 


©日活

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インタビュー:若林伸重さん(グラフィックデザイナー) 
https://akanedesign.amebaownd.com/

聞き手:轟夕起夫さん(映画評論家)
https://todorokiyukio.net/
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『東京流れ者』を観て、この世界で生きていこうと思ったんです。

世の映画好き、特に独創的な映画が好きならば、何度も触れたことがあるはずだ。“瞬時にして人の目と心を惹きつける”若林伸重氏の宣伝アートワークに。例えば現在公開中、彼がメインビジュアル(ポスター、チラシ)を担当している作品を挙げてみよう。
まず第80回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞を獲得したアグニエシュカ・ホランド監督の『人間の境界』。リバイバル系では『ピアノ・レッスン 4Kデジタルリマスター』に、「ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師」……尖ったラインナップ。これだけで、人並み外れたセンスの持ち主だと分かるだろう!

で、若林氏がかたや、力を注いできたのが「鈴木清順生誕100周年プロジェクト」のポスター&チラシと、ブルーレイBOX其の壱「セイジュンと男たち」と其の弐「セイジュンと女たち」のパッケージデザイン。実は“日活時代の清順作品”を手がけたのは初めてのこと。この道30年近くのキャリアの中で、ついに念願が叶ったのだそう。

――よろしくお願いします。若林さんの清順作品ワークスには、すでに有名な日活後の『ピストルオペラ』(01年)もあり、そちらについても追々お尋ねしたいのですけれども、手始めに“清順映画との出会い”からお聞かせいただければと。

若林 かれこれ40年前、80年代の初頭になりますね。僕が大学生の頃で、当時、東京12チャンネル(現・テレビ東京)は頻繁に日本映画の旧作を放送していたんです。短縮トリミング版ですが、午前中月曜から金曜までの帯枠と土曜の深夜に。

どちらかで『肉体の門』(64年)を観ました。スクリーンデビューにして主人公に抜擢された野川由美子さん含め、戦後の闇市の娼婦グループの各衣装が赤、緑、紫、黄色と分けられていて、背景までそれぞれの原色になったりする映画だと何かで読んでいたところ、目の当たりしたらやはり美術セットや色彩感覚が凄くって。そこから鈴木清順という名前を意識しだしました。


写真2点とも『肉体の門』©日活

――最初がカラー作品だったんですね。

若林 ええ。で、次がモノクロームの『けんかえれじい』(66年)。セットと彩色が「一段と大胆」と言われていた、カラーの『刺青一代』(65年)や『東京流れ者』(66年)と出会えるのが楽しみでした。そうしたらかつて歌舞伎町にあった新宿ジョイシネマ……まだ名前は歌舞伎町松竹でしたが、そこの金曜のオールナイト上映ではよく監督特集をやっており、“清順大会”が企画されたんですよ。『刺青一代』『東京流れ者』『けんかえれじい』、さらには『殺しの烙印』(67年)の4本立て。


写真左から『けんかえれじい』『刺青一代』『殺しの烙印』©日活

若林 一番衝撃を受けたのが『東京流れ者』です。いきなり陰影の強いモノクロ画面で始まり、埠頭の列車の引き込み線で主演の渡哲也扮する“不死鳥の哲”がヤクザどもに無抵抗のまま殴られ、少し離れた車中から組長が眺めつつ子分と話している。組長は「足を洗った」という哲をなお恐れ、その拳銃捌きのイメージショットがカラー映像で挿入されるや、画面はまたモノクロへ。

一味が去り、哲が立ち上がってよろめきながら歩き、貨物列車近くでひとり佇むと地面には拳銃の玩具の残骸がある。なぜだかそこだけ朱赤に着色処理され、哲が怒りの独白をすると主題歌が流れだして同時にカラーへと転換し、緑色の文字タイトルがドカーンとシネスコに出た瞬間、変な話、「俺はこの世界で生きていこう!」と思ったんです。


写真3点とも『東京流れ者』©日活

――あっ……たしか大学は武蔵野美大でしたよね。もしかして本作に触発されたから、グラフィックデザイナーの世界に進まれた?

若林 そういう影響も確かに……が、それ以上に“不死鳥の哲”みたいに、腐った世界でも踏ん張らなくては、ってね。自分を取り巻く悪環境、いろいろと不幸続きで先のことなど見えなくなり、大学を辞めようかと苦悩するくらい精神的に追い込まれていたんですよ。そんな境遇を救ってくれたのが数々の映画で、漂泊者やアウトローを描いた作品が胸に沁み、とりわけ『東京流れ者』に魅入られてしまったんです。何はともあれ主題歌を覚えたくて、でも映画のサントラなんて当然ない時代なので『東京流れ者』の入っている渡さんのカセットテープを買ってきて、繰り返し聴いて覚え、浸って口ずさむ日々でした。

清順映画の中でも『東京流れ者』は突出して好きで、日本映画のベスト3にランクインします。100回はともかく90数回は観ていて、セリフもほとんど言える。辛かったり悲しいときは今でも手持ちのDVDに手が伸び、むろんデザイン的見地から画作りとしても刺激的なんですが、これはもう個人史と重なって僕の大切な映画になっていますね。

大学卒業後は映画会社の宣伝部に。だが宣伝の才能がないと感じ、一から勉強をし直すため東京・六本木のデザイン会社へ。やがてミニシアター系のポスターの仕事を自力で営業して掴み、実績を積んでいってグラフィックデザイナーの第一人者となる。その皮切りとなったのは香港映画、イー・トンシン監督の『つきせぬ想い』(93年/日本公開は94年)。配給・宣伝は(起業したばかりの)ビターズ・エンドだ。

――さて、今回の「鈴木清順生誕100周年記念シリーズ ブルーレイBOX」のパッケージデザインについてお訊きします。どのようなコンセプトで制作をされたのでしょうか。

若林 BOXを、其の壱「セイジュンと男たち」と其の弐「セイジュンと女たち」の2つに分けること、そして「男たち」はモノクロの4Kデジタル復元版『殺しの烙印』がメインだと伺い、こちらは“黒”を基調にモノトーンにしようと考えました。『野獣の青春』(63年)や『俺たちの血が許さない』(64年)といったカラー作品も収録されていますが、一枚ごとのジャケットもノワールなモノトーンで統一する。一方、「女たち」のほうのパッケージを“赤”にすれば2つを並べても互いに映えるだろう、と。このイメージは最初から決めていましたね。

「男たち」のオモテ面には『殺しの烙印』の主役、宍戸錠さんの顔と自動拳銃モーゼルC96をあしらい、「女たち」はメインの4K版『河内カルメン』(66年)のヒロイン、贔屓の女優でもある麗しい野川由美子さんの全身を。当BOXを購入されるような人は概ね、バリバリの清順さんファンに違いありません。そういった方々を満足、納得させ、しかもデザインに飽きの来ないものを目指しました……それはスタイリッシュで、かつ部屋に置いても邪魔にならない、落ちついたデザインとでも表現しましょうか。


「鈴木清順生誕100周年記念シリーズ ブルーレイBOX」其の壱「セイジュンと男たち」、其の弐「セイジュンと女たち」©日活

――高いハードルでしたね。日活から提供された写真素材はいかがでしたか?

若林 良かったです! 見たことのないスチール写真もあって。その使用を許可してもらえたのはラッキーでした。日活の担当者さんは清順映画の良さを美学的にもよく分かった上で僕に発注し、自由にやらせてくれました。よく言うんですが「デザインはセンスと度胸」だと。センスはデザイナー、決める度胸はクライアントさん。ユニットが成功した例だと思います。

――端的に述べるのは難しいでしょうけれど、若林さんの映画宣伝のデザインの特性とは?

若林 僕の場合は写真の配置は二番目で、一番大事なのは文字組み、タイポグラフィなんですよ。これをいかにカッコよく、他の人が考えないようなものにできるか……清順さんの「生誕100周年プロジェクト」のポスター&チラシもまずは“鈴木清順”の漢字4文字を際立たせることから発想しました。つまり、名前を縦に大きく組み、一字ごとに赤、黄、緑、黒という横ラインを決めて背景を単色で染め上げ、そこに合う写真を選んで違和感のないよう嵌め込んでゆく。タイポグラフィさえキチンと決められれば、極論ですが少々低いクオリティの写真素材でも端麗な仕上がりにする自信はあります。

デザイン会社にいた頃、師匠と仰いだ人から「デザインはタイポグラフィが命」だと叩き込まれたんですね。写真が邪魔をして文字をちゃんと読ませられないのならば本末転倒。必須な情報を伝えながら、文字組みを自在に操れるデザイナーになれ、と。それは映画のアートワークに限らず、他のジャンルの仕事でも基本にしていることです。


©日活

ちなみに若林氏は9月4日に発売されるブルーレイBOX其の参「セイジュンと流れ者」のデザインも担当。こちらの目玉は4Kデジタル復元版『東京流れ者』だ。

この復元版は去る6月22日、イタリアの第38回チネマ・リトロバート映画祭(ボローニャ復元映画祭)でワールドプレミアされ、「鈴木監督が日活で撮った作品は、日本映画界で唯一無二のものであり、いかなる基準から見ても驚異的」「特に『東京流れ者』は(略)60年近く経った今もなお、映画の潜在的な可能性を強く感じさせます」との選出コメントが発せられた。


「鈴木清順生誕100周年記念シリーズ」ブルーレイBOX其の参「セイジュンと流れ者」©日活

――規格外の映像表現、奇抜さがクセになる清順映画は、中毒性がありますよね。時代を超えた訴求力を持っている。

若林 当初はモノクロの中篇でスタートし、じきに長尺も任され、1960年代に入って『くたばれ愚連隊』(60年)がカラー初挑戦作。そして、宍戸錠さんが敵のアジトの地下に閉じ込められるも機関銃を連射して地上まで貫通させてしまう『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』(63年)あたりから、突飛で面白い描写が俄然増えていく。これにリアルタイムで遭遇した若者はさぞかし堪らなかったことでしょう。


『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』撮影風景©日活

若林 次の『野獣の青春』は美術セットがますます遊んでいて、各キャラクターの立たせ方も強烈でして。特にコールガール組織の一員、女言葉でヤク中の女性をネチネチと責める川地民夫さんと、猫を抱いて登場するナイフ投げの名人、サディスティックなボス役の小林昭二さん!


写真2点とも『野獣の青春』©日活

若林 熱狂的な清順ファンの誕生は『関東無宿』(63年)が決定的で、賭場の襖一面がバタッと倒れ、真っ赤なホリゾントがシネスコ画面いっぱいに広がるシーンはすでに有名かと思います。『花と怒涛』(64年)は大正時代の浅草が舞台ですが、川地さんが演じた殺し屋は黒いハットにマント、白いシルクのスカーフと西洋衣装を纏い、匕首を仕込んだステッキを使う。


『関東無宿』©日活

若林 『俺たちの血が許さない』は言及されることが少ないですが、松原智恵子さんのとてもミステリアスなヒロイン像は珍しく、築地川の上空がなぜかオレンジ色の夕景になったりして、やっぱり冒険的。『刺青一代』は何と言っても主役の高橋英樹さんの殴り込み、様式美がめくるめくクライマックスシーンですね。

日活最後となった『殺しの烙印』は、全篇奇抜な描写のオンパレード……実は自分の信条で、清順映画は『殺しの烙印』までしか追いかけていないんですよ。


写真3点とも『殺しの烙印』©日活

――となると、『ツィゴイネルワイゼン』(80年)、『陽炎座』(81年)、『夢二』(91年)といった世評の高い“大正浪漫三部作”は?

若林 敢えて観ていません。自由に撮れるようになった荒戸源次郎事務所時代ではなくて、日活のプログラムピクチャーにおける清順さんが好きなんですね。会社的な制約のある中でスターを使い、要請に沿って、でも拮抗しながらハミ出していく姿勢が。ですから、今回の「生誕100周年記念シリーズ」は、死ぬまでにやりたい仕事の一つでした。

――清順監督に会われたことは?

若林 ないです。トークショーも見たことはなく、一番接近したのは宣伝アートワークを依頼された『ピストルオペラ』のラッシュ時、調布の日活撮影所に清順さんがいらっしゃっていると聞いたのですけれど、照れ性なもので、ご挨拶は結局できませんでした。

――『ピストルオペラ』のあと、2003年の特集上映、『木乃伊の恋』(73年)や『春桜 ジャパネスク』(83年)などレアなTVドラマ、ビデオ作品を集めた「奇想天外ナ遊ビ 鈴木清順 80th Anniversary」のポスターも描かれていましたね。

若林 やりました。『ピストルオペラ』は製作委員会システムで臨んで皆さん、清順さんに特別な思いがあり、こういう風にしたいと収拾がつかなくなって大変でした。あのアートワークもカタカナの題名とは別に「PISTOL OPERA」と背景に英文字を載せるのを先に考え、邪魔をしないように主演の江角マキコさんを配置していまして。やはりタイポグラフィから発想しているんですよね。

さすが“揺るぎない軸”を持った人だ。一体、どんな映画遍歴を辿ってきたのであろうか。興味深い。

――子供の頃から映画は、ご覧になっていたんですか?

若林 はい。実家が興行関係の仕事をしていて、東映と大映の劇場に顔が効いたので、その系列はけっこうな割合で。東宝も父方の知り合いが支配人をやってた映画館がありましたね。日活は全然縁がなくて。

先ほど話した通り、大学に入ってからテレビで観始めるんです。12チャンネルでは他に新東宝の『女王蜂』シリーズ(58〜61年)や『地帯(ライン)』シリーズ(58〜61年)にハマって、石井輝男監督や主演の久保菜穂子さん、三原葉子さんに惹かれたなあ〜。

大学時代はだいたい午前中にテレビで一本観て、午後は情報誌「ぴあ」で調べてひとりで新宿、浅草、錦糸町、大井町……などにあった名画座へ。ミニシアターと呼べる代物ではなく、ほとんどが場末の老舗館で、知る人ぞ知る川崎国際劇場や川崎銀星座にもよく行きました。

――川崎銀星座! たしか幕間に売り子さんが劇場内でアイスクリームを売り歩きしていて、初めて入ったときはビックリしました。

若林 そうそう。客席がすごい急勾配でねえ……って、これじゃオヤジの懐旧話だ(笑)。懐古ついでに、『東京流れ者』を最後に劇場で観たのが自由が丘武蔵野館で20年以上も前。お客さんがみんな、真剣に観ているのはいいんですが、誰も笑わない。拍手もしない。

終盤、哲が不意に銃をノールックで背後に高く放り投げて走りながら受け止め、裏切った親分をアクロバティックに撃つじゃないですか。あそこなんか客席が大いに沸くところだったのに館内がシ〜ンとしたままで……時代は変わったんだなあ、とつくづく思いましたよ。

――昔話に乗っからせていただくと、『東京流れ者』のかかる名画座ではその終盤、ナイトクラブに哲が白いスーツ姿で入ってくる場面に合わせて、劇場でも白スーツの男がスクリーン前を横切り、去っていくというフォークロアがありました(笑)。


写真2点とも『東京流れ者』©日活

若林 映画館との付き合い方が現在とは全然違いますよね。例えば浅草名画座や浅草花月での3本立てに足を伸ばすとする。言っては何ですが、大抵2本はどうでもいい作品で、お目当ての1本のために行くんです。タイムテーブルは正確ではなく、微妙にズレているから適当な時間に入ってとりあえず、すでに上映中の映画から観始める、と。

それでようやく巡り会えた“本命”はハズレだったり、ノーマークだったものが人生のベストテンに入るようなことが何回かありましたね。今ではDVD化されていますけど、福田純監督の東宝ニューアクション『野獣都市』(70年)なんてそうでした。

――原作は大藪春彦のハードボイルド小説で、黒沢年男(現・黒沢年雄)と三國連太郎が共演。ところで先ほどチラリと、野川由美子さんがご贔屓の女優である、とおっしゃっていましたが。

若林 ええ。清順映画以外にもお気に入りの作品が多く、日活の主演作では壺振り師役の『賭場の牝猫』シリーズ(65〜66年)がいいですね。監督は清順さんの師匠、“野口博志”改め、野口晴康さん。


写真2点とも『賭場の牝猫』©日活。「劇場版 賭場の牝猫シリーズ<HDリマスター版>」2024年9月27日DVD発売!(発売元:ベストフィールド 販売元:TCエンタテインメント)

若林 実は野川さんに一度、お会いしたことがあるんですよ。これも40年ぐらい前かな。僕の叔母がNHKで女優さんのヘアメイクをやっていて、用があり、NHKへ行ったら野川さんがいらしたんです。楽屋の後ろで見ていると「彼は甥っ子さん? 」と叔母が訊かれて、「そうなの。ちょっと遊びに来てて」と答え、「可愛いじゃない」と言われたのをすごく覚えている。感激しましたねえ。

野川さんは日活専属ではなくてフリーで、『河内カルメン』と同時期に他社でもいろんな映画に出ており、東映では『くノ一忍法』(64年)や『夜の歌謡』シリーズの1作目『柳ヶ瀬ブルース』(67年)、大映では『ある殺し屋』(67年)も。どれも違った魅力の野川さんが映し出されています。ちょっとヤサグレた、姉御肌の女優さんが僕は好きなんですね。このBOX、「セイジュンと女たち」をデザインする際は格段、熱が入りました。


『河内カルメン』©日活

――姉御肌というと、清順組の大楠道代さん、大映時代の安田道代さんも!

若林 子供の頃、安田さんが兇状旅を続ける『笹笛お紋』(69年)を観て、ミニスカートぽい着物姿でのアクションに「カッコいいお姉ちゃんだなあ」ってトキメキました。同じような女性活劇路線では、松山容子さんが大信田礼子さんとコンビを組んだTVドラマ『旅がらすくれないお仙』(68〜69年)や、松山さん主演の映画『めくらのお市』シリーズ(69〜70年)、久保菜穂子さんが仕込み三味線を武器にするTVドラマ『女殺し屋 花笠お竜』(69〜70年)も忘れられません。

幼稚園から小学校の低学年ぐらいまでに観たものが後の嗜好をほぼ決めてしまうんでしょうね。アーティスティックな映画のデザインばかり手がけているので、繊細な神経の持ち主に思われがちですが、僕の心の中にはそういった鉄火肌の姐さんたちが、今でも生き続けているんです。

意外な原点が聞けた。デザインの話へと戻そう。では若林氏のアートディレクションの原点、インスパイア元は? それはグラフィックのみならずデザイン界全体に大きな影響を与えている田中一光、井上嗣也、横尾忠則といった先達たちだった。

――田中一光さんは70〜80年代の「西武・セゾン文化」や「無印良品」を牽引し、井上嗣也さんはPARCO(パルコ)の数々の広告で有名、横尾忠則さんは……言わずもがなの永遠のヒップスターです。

若林 田中さんや井上さんのタイポグラフィは本当に勉強になりましたね。色遣いだけでなくて、どういうフォント、紙質を使っているのかまで勉強しました。横尾忠則さんのサイケ&アバンギャルドな作風も大好きで、この両極の要素がうまく合致すると、『ピストルオペラ』みたいな弾けたポスターが生まれたりするんですよ。

――デザインをする上で参考のため、映画のある場面を観返したりされることは?

若林 ないです。そうするまでもなく、記憶に刷り込まれているんです。あるいは、画面写真を撮っておいて手元に残しておく。今、ふと浮かんだ東宝の映画ですが、鈴木英夫監督、司葉子さんが主演の『その場所に女ありて』(62年)というカラー作品がありまして。冒頭のクレジットがモノトーンのスチール仕立てで、タイトルの「女」の一文字だけワンポイントでピンク色、続くスタッフは白文字、出演者の文字がピンクなんですね。モノトーンにピンクを合わせるのが良くて、宣伝仕事に応用したことがあります。「いいシーンだな」と思うとインプットできる体質なのでしょう。

――『ピストルオペラ』と同時期に、ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』(00年/日本公開は01年)の日本版ポスターのデザインを担当されていますね。『ピストルオペラ』に負けず劣らず大変な作業だったとか。

若林 何十パターンもプレゼンテーションしたのですが通らず、「もう、これしかない!」と作ったのが、主演の二人、寝そべったマギー・チャンにトニー・レオンが膝枕をしてもらっているビジュアル。「ダメならこの仕事は降りよう」と、追い込まれていたところ、ようやくパスできたんです。

――ウォン・カーウァイは清順映画に影響を受けており、『花様年華』の音楽に『夢二』のサウンドトラックを流用しています。世界的な鬼才双方の宣伝アートワークを務めた若林さんには、運命的なものを感じるのですが……。

若林 それは……僕も感じます。その後、ウォン・カーウァイのマネージャーから連絡がありまして。最初は何かの冗談と受け取って、「香港から電話していますか」と訊いたら「そうです。今、隣に彼がいます」って。日本による占領時代を舞台にトニー・レオンのカンフー映画を作ると。タイトルは『一代宗師』。『グランド・マスター』(13年)の原題ですね。一年間ほどラフを26パターン、作り続けたのですけど最終的にこの仕事は流れました。没デザインは普段、捨てるようにしていますが思い入れがあり、今でも残してあります。

――そんなことが! 実は『欲望の翼』(90年/日本公開は92年)で来日した折に、ウォン・カーウァイに取材をしていまして。話のタネに「日活ポスター集 ポスターでつづる日活映画史」なる本を持参して見せたんです。ある種の“映像のルック”の近似性から。そうしたら「これらのポスターや作品にはかなり影響を受けた」と言っていました。

若林 ウォン・カーウァイは大学でグラフィックデザインを専攻していますよね。ちなみに僕は一切、既成の映画ポスターは参考にしません。旧作の卓越したデザイン設計に目を奪われ、自然と刷り込まれたものはあります。が、いつからか、日本映画のポスターデザインはセンター揃えで真ん中に登場人物を集め、上部にキャッチコピーがあり、下にクレジットという、誰が決めたわけでもないのにパターン化しているじゃないですか。あれはよくない。

『花様年華』のポスターで、寝そべったマギー・チャンとトニー・レオンの図柄を右上に置き、あとは原題と英題を配し、全体をシンプルに紅く色付けたのはそういったパターンを頑なに拒否したからなんです。場面写真を過度に入れたり、キャッチコピーを増やしたりと、雑多に盛り込むのは好きじゃない。日活時代の清順さんのように、抑えるべきことはちゃんとやり、だけども方法論は任せてもらおうじゃないか、と。もし、悩み迷った場合でも映画以外のデザイナーを参照します。できるだけ前例のないデザインに挑みたいんですよね。

――日活の担当者が、若林さんのお名前をハッキリと意識したのは大島渚監督の『愛のコリーダ』(76年)の再公開、その完全ノーカット版『愛のコリーダ 2000』(00年)のポスターで。「こんな斬新なことができるのか」と衝撃を受けたそうです。

若林 あのときは大島監督がまだご存命だったんですよね。若い方は『戦場のメリークリスマス』(83年)くらいしか知らず、『愛のコリーダ』はギリギリどうか、って頃。『愛のコリーダ』の主人公、阿部定といえば“切る人”。劇中にもあるシーンなのですが、女性が包丁を咥えていたら、ただ事ではなく、それだけでインパクトに満ちた“画”になると確信し、デザインしました。

――しかし改めて顧みて、これまで錚々たる監督の作品の宣伝アートワークをやられてきましたね。

若林 鈴木清順さん、石井輝男さん、大島渚さん、あと願わくば、若松孝二さんの映画に携われることができればねえ……この4人は是非やりたかったんですよ。若松さんは惜しくも事故で亡くなられてしまって。石井輝男作品は晩年の『ねじ式』(98年)、『盲獣vs一寸法師』(01年/公開は04年)で関われたんです。

今にしてみればウォン・カーウァイも加えて、歴史に残る方々の作品のデザインを任されたっていうのは、かつて『東京流れ者』を観て、「映画の世界で生きていこう」と思った若造の夢、以上の出来事ですよね。何だかもう、余命幾ばくもない人の言葉みたいになっていますけど(笑)。


『東京流れ者』©日活

(インタビュー了) 

「鈴木清順生誕100周年記念シリーズ」Blu-ray ボックス 其の壱「セイジュンと男たち」、其の弐「セイジュンと女たち」発売中!
其の参「セイジュンと流れ者」2024年9月4日発売!!


©日活

Blu-ray ボックス 其の壱 「セイジュンと男たち」
収録内容:Blu-ray6ディスク(7作品)&特典ディスク(DVD)&限定ブックレット
収録作品:『殺しの烙印』[4Kデジタル復元版](1967年)/『けんかえれじい』(1966年)/『野獣の青春』(1963年)/『俺たちの血が許さない』(1964年)/『勝利をわが手に-港の乾杯-』(1956年)/『素ッ裸の年令』(1959年)/『らぶれたあ』[4K版](1959年)/特典ディスクDVD

特典ディスク収録内容(DVD)
●鈴木清順監督初出インタビュー(聞き手:リピット水田堯 収録日:2014年10月26日・10月29日)
●『殺しの烙印』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 2001年発売DVD(DVN-26)収録映像の再収録/収録日:2001年8月8日)
●『殺しの烙印』1967年幻の劇場公開版・修正マスク映像【現在のマスターとの比較映像】
●『野獣の青春』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 収録日:2001年8月8日/2001年発売DVD(DVN-28)収録映像の再収録)
●『野獣の青春』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 1990年11月チャンネルNECO放送「スペースシアター・鈴木清順監督特集」)等。

●音声特典:音声コメンタリー 鈴木清順監督・真理アンヌ/聞き手:轟夕起夫 ※既発DVDボックス同作品に収録されていた音声の再収録。

●封入特典:限定ブックレット(全52P装丁/ 清順監督使用秘蔵台本復元ブックレット 解説:上島春彦)

●各ディスクに予告篇・ギャラリーを収録(SP2作品・特典DVDを除く、予告篇マスターの現存しない作品は収録されません)
●特製アウターケース、ピクチャーディスク
※特典ディスク映像はSD画質になります。(一部を除く)
※仕様や特典は予定となります。予告なく変更する場合があります。

発売日:2024年1月10日(発売中)
価格:33,000円(税込)
発売元:日活
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
商品詳細
https://www.nikkatsu.com/package/HPXN-319.html

Blu-ray ボックス 其の弐 「セイジュンと女たち」
収録内容:Blu-ray6ディスク&特典ディスク(DVD)&限定ブックレット
収録作品:『河内カルメン』[4K版](1966年)/『肉体の門』(1964年)/『春婦傳』(1965年)/『関東無宿』(1963年)/『悪太郎』(1963年)/『裸女と拳銃』[4K版](1957年)/特典ディスクDVD

特典ディスク収録内容(DVD)
●鈴木清順監督×青山真治監督 対談トークイベント(2001年3月24日テアトル新宿「鈴木清順レトロスペクティブ STYLE TO KILL」上映時撮影)
●鈴木清順監督×木村威夫(美術監督)対談(収録:2006年/既発DVDボックスリリース時製作「清順監督50周年記念キャンペーンDVD」収録映像)
●『肉体の門』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 1990年11月チャンネルNECO放送「スペースシアター・鈴木清順監督特集」)
●『悪太郎』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 1990年11月チャンネルNECO放送「スペースシアター・鈴木清順監督特集」)
●『関東無宿』監督インタビュー(聞き手:上野昻志 1990年11月チャンネルNECO放送「スペースシアター・鈴木清順監督特集」)等。

●封入特典:限定ブックレット(全52P装丁/ 清順監督使用秘蔵台本復元ブックレット 解説:上島春彦)
●各ディスクに予告篇・ギャラリーを収録(特典DVDを除く、予告篇マスターの現存しない作品は収録されません)
●特製アウターケース、ピクチャーディスク
※特典映像はSD画質になります。
※仕様や特典は予定となります。予告なく変更する場合があります。

発売日:2024年3月6日(発売中)
価格:33,000円(税込)
発売元:日活
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
商品詳細
https://www.nikkatsu.com/package/HPXN-320.html

Blu-ray ボックス 其の参 「セイジュンと流れ者」
収録内容:Blu-ray7ディスク&限定ブックレット
収録作品:『東京流れ者』[4Kデジタル復元版](1966年)/『刺青一代』(1965年)/『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』(1963年)/『花と怒涛』(1964年)/『ハイティーンやくざ』(1962年)/『くたばれ愚連隊』[4K版](1960年)/『浮草の宿』[4K版](1957年)

<特典内容>
●音声特典:『東京流れ者』音声コメンタリー 鈴木清順監督・川地民夫/聞き手:佐藤利明(娯楽映画研究家)
※既発DVDボックス同作品に収録されていた音声の再収録(予定)
●映像特典:各ディスクに予告篇・ギャラリーを収録
※予告篇マスターの現存しない作品は収録されません。
●封入特典: 限定ブックレット(全52P装丁/清順監督使用秘蔵台本復元ブックレット 解説:上島春彦)
●仕様:特製アウター
※仕様や特典は予定となります。予告なく変更する場合があります。

発売日:2024年9月4日
価格:33,000円(税込)
発売元:日活
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
商品詳細
https://www.nikkatsu.com/package/HPXN-419.html

鈴木清順関連 リリース情報!

Branded to Kill / 殺しの烙印 オリジナル・サウンドトラック
発売日:2024年7月24日
価格
LP 7,480円(税込)[限定生産]
CD 3,630円(税込)
販売元:ディスクユニオン
商品詳細
LP
https://diskunion.net/movie/ct/detail/1008818882
CD
https://diskunion.net/movie/ct/detail/1008818877

生誕100周年記念 鈴木清順 映画音楽選集 日活篇
Seijun Suzuki 100th Anniversary: Nikkatsu Film Music Selection

発売日:2024年8月21日
価格:3,630円(税込)
販売元:ディスクユニオン
商品詳細
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