今、ヨーロッパで、《日本の人気映画監督》と言えば、北野武、黒沢清、そして三池崇史監督だという事は、ご存知ですか。実は、三池監督が朝日新聞にエッセイを連載されていた頃からいつかお会いするのを楽しみにしていました。独特の表現、ニヒルでいて、ちゃめっけのある語り口。ちょっと、影から斜めに物事を見るのが好きなイメージですが、その語りには愛がいっぱい詰まっていました。
● 映画界に入ったきっかけ 今でいう《ニート》とか《フリーター》という生き方とさして変わらないですよ。高校の時はバイクが大好きでレーサーになりたくて、サーキットのライセンスを取ったりしたんです。で、学校ではラグビー部に入って。だけど、ラグビーをやる連中は皆《痛みを知らない奴ら》だったんですよね。血が出ても「今日もたっぷり出たなぁ」という感じ(笑)。「奴らには勝てない」と思いました。で、辞めた。だけど、大学受験をするには勉強しなければいけなかったんですけど、「分数とかは俺の世界じゃない」と子供の時から思っていて、理数系に弱かった。結局、バイクとパチンコに時間を費やしていましたね。
それで『横浜映画学校(現・日本映画学校)』に行きました。「横浜」という言葉の響きに単純にひかれたんですよね。
大阪から見た横浜に。だけど最初に受けた授業で「脚本は芸術である」と言われて、「あ〜来るとこ間違えちゃった」と。「脚本は娯楽である」と言って欲しかった。
その後、また学校に行かなくなっていた時に「現場にこないか」という話がありまして。そのまま現場に出て、なんだかんだ10年ぐらい すぐに経っちゃいましたね。その頃はとにかく忙しくて、将来のことを考える暇もなかった。明日の役者の靴をタイアップで捜さなくち ゃ、宮沢りえちゃんのトイレを確保しなくちゃ、と。(笑)
明確なビジョンもなく、なんとなく流されていました。そして、バブル後半にVシネマ時代がきてね。Vシネマに映画監督を使うとうるさいし、「映画とはこうである」とか真面目に語られちゃうでしょ。それで、Vシネマをやる監督が必要になったわけです。人材の空洞化が出来た。だから自分としては何もしていないのよ。(笑)
監督は、100人ぐらいのスタッフを自分の方向性に向けてゆくのが面白いんですよね。思わぬ方向へ行く事もよくあるし。自分の思いとは別の方向へ開放されてゆく時がある。それどころじゃないという状況になると何かまた新しい表現が生まれたり。表現しよう、しようとすると《行為》とか《その生き方を貫くこと》で終わっちゃう。だから、僕は人が集まるとあえて発言しないです。うんうんって聞いてる。(笑)
監督は、色んなパンやさんがいるのと同じで色々ありだと思いますね。自分のやり方、生き方を追求してゆく。それに監督は他に何も出来ない仕事なんですよ。フィルムつめかえよーぜ、と言っても「やめてくれ」と言われちゃう。ライティングの手伝いよりも、次の事を考えてくれって。今でも母親に言われますよ。「監督って何する人?」と。(笑)
監督である僕が【選ぶこと】を何もしなくても、目を開ければ人は集まっています。スタッフがいないと映画は始まらないですから。僕自身は全然合わないような人‥「なんでそんなあなたでもそこにいるんですかぁ」という不思議な出会いが好きですね。求めていないのにそこにいる、という事はその中に【何かある】という事だと思うからです。
人って世間を通して《イメージ》を持ちますよね。そうするとその【虚像】が自分の中に入ってきて《俺らしさ》に縛られる事があります。「俺はこんなスタッフは使わない」とか「俺の映画では、こんなせりふは言わない」とか。【枠】を作ってしまう。上にいけばいくくほどタイトに絞ってしまうという危険性があるんです。
20〜30代‥特に27才から35才が監督としての一番のピークだと思います。監督は感覚がアスリートに近いですよ。だから代表作と言われるものは、その頃に作ったものが多いと思います。僕は今、46歳ですし、絶対的能力のピークは過ぎているけれど、経験値やカン、違う条件や予算で新たに対応しいつでもリセット出来る。キャリアを積みながらも毎回リセットボタンを押すんです。個性を最大限に活かしてね。
監督、脚本家、プロデューサーの三人が「これだねっ」と頷く脚本はありえない。あったら「だめじゃん」「つまらないっ」という事だと思います。
● 役者について 役者という職業を選び、一歩を踏み出してしまっている人が、まともな人生を送れないのは仕方ない事なんじゃないかな。けど、ズブズブと沈みかけて35才ぐらいの時に「その沈み方いいね」という人が出てくるかもしれないし(笑)。
例えば、ドロップアウトして山形で居酒屋をやっている人で「昔、役者になりたくてね」って若い奴に酒飲ませている人がいたとして、その人としての価値は比べられないでしょ。それはそれで面白いんだもん。
それから「あーいう人になりたい」と、真似をするのは時代も人も違うからやめた方がいいと思います。【自分なり】が大切ですね。
● おもいっきり流されてみる 私自身は流される事を得意としているんです。流されちゃだめ、という考え方があるけれど、流れに逆らうなんてバカですよね。(笑)私は、流されている方向に全速で流されてみる。どんどん進めば状況が変わってくるし、わかってくるから。だから、まずは流されること。「飢え死にもせず、怠け者で流されている俺ってすげーな」とポジティブに考えて流されてみる。20代はそれが出来る時期だと思うんですよね。
●成長について 昔は面白かったけど今は面白くないなぁ、と感じる映画ってありますよね。そうすると自分が成長したんじゃないかなっと、錯覚してしまいそうですけど、ホントは違うと思いますよ。子供の頃『燃えよドラゴン』見て面白かったのは、そういうものにときめく【感性】があったという事なんだよね。無意識に肉体のはかなさを感じとっていたり。でも、今は沢山映画を見て、経験も積んでいるから‥逆に「物語とは」とか分析してしまう。「映画っていうのはこういうものだ」と決めて。だけど、これからも「映画はこういうものだ」と【行き着く】という事はないと思いますね。
● 若い人たちへ 多分みなさんは、「この学校で何をどうするんだ」とか結論を求めてしまうところがあると思います。でも、給料とかギャラとか目先の事で自分の価値をはからない方がいいと思う。20代前半は、ギャラが安くても色んな事を楽しめる時期だからね。へたすりゃ「タダでなんでもやるぜっ」というぐらいがいい。たかだか月30〜40万とか、そういう事にがんじがらめにならないで、もう一寸のびのび生きていってほしいですね。