私が10歳になったばかりの頃、クラスに転校生がきた。広島からだった。
彼は海津くんといい、色白な少年だった。彼は挨拶をすませると、一番うしろの私の横に座った。何か声をかけてみようかと思ったけれど、出来ないままお昼の時間がきた。机の上を片づけていると、同じクラスの梅田くんが私にそっと耳打ちした。
一年前、一つ年上だったいとこの春子ちゃんが、突然死んだ。雪のちらつく寒い中、母に連れられて葬式に行った。小さい頃は一緒に遊んでいたらしいけど、もう長いこと会っていない。おぼろげな記憶の中の彼女よりはずっとおおきくなっていたけれど、彼女の棺は私の目にも小さく見えた。初子ちゃんは九回目の春をむかえることができなかった。その席で、親せきの大人たちの話を聞いた。難しいことはよく分からなかったけど、春子ちゃんが死んだのは病気のせいで、その病気になったのは、七年前に浴びた原爆の放射能のせいだった。
春子ちゃんは、自分が被爆者であるとの自覚もなしに、七年もたってから死んだ。世間では、ピカはうつるという、うわさが流れ、学校でも同じだった。
私は学校から帰ると、上がり段に腰かけたまま、母に、
「ピカはうつるの?」
とたずねた。
母は少し困惑した表情を浮かべたが、横にきて座ると、
「うつるものではないと思うわ。どうして?」
と言った。学校でのいきさつを話して聞かせると、「ふーん」と言い、一息ついてこう続けた。
「まだよく分からないことがたくさんあるからね。そういううわさが流れてしまうんでしょうけど」
母はなぜか悲しそうだった。春子ちゃんのこと思い出したのかもしれない。最後に、
「そのうわさ、まちがいだといいわね」
と言い、台所へ戻っていった。
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