作品テーマ 花火 2007年9月
≫「線香花火の恋」 松村愛
 


■PROFILE

松村 愛
Ai Matumura


日活芸術学院 映像科1年
1982年 横浜生まれ

経営系の学部で4年間を浪費後、2年間のフリーターを経て日活芸術学院に入学

プライベートは寝ているか妄想しているかなので、ストーリーの創作は得意だが、アウトプットが弱いのが弱点



 川岸ではクラスメート達が手持ち花火を振りまわしたり、ロケット花火を飛ばしたりしてはしゃいでいた。信子は土手から川岸へと続く階段に腰をおろし、一人、線香花火を手に取った。
 先端に火を点すと、細い火薬がみるみるうちに丸まって、熟した果実のように紙縒りの先に垂れ下がった。火の玉は細かな振動とともに力強く繊細な火花を放ち、やがて最後の力を振り絞るようにしてハラハラと火の花弁を散らすと、地面に落ちた。
 ふと、人の気配がして顔を上げると、そこには正雄が立っていた。正雄は「俺も、いい?」と線香花火を指さし、信子の返事を待たずに隣に腰かけた。「あっちへ行かないの?」信子がみんなの方を指さすと、正雄は「あとでね」と言い、線香花火に火を点けた。
 散りゆく花火をじっと見つめていると、水辺ではしゃいでいるクラスメートの声も、草むらで鳴く虫の音も、すべての音がまるで夢の中にいるように遠くに聞こえ、静寂の中に二人きりでいるような感覚にとらえられた。一瞬とも永遠とも感じられる静かな時間が流れた。
 次の花火に火を点けながら、正雄が「線香花火って、山田さんみたいだよね」とつぶやいた。
 「私? 地味ってこと?」と信子が自嘲気味に笑うと、正雄は真剣な顔で「違うよ。繊細で力強くて、はかなげなところが」と言った。
 「ありがと。うれしいな。私、線香花火が一番好きだもの」と信子が言うと、正雄は、「俺も好きだよ」と言った。
 信子はその甘い雰囲気に耐えきれず、今度の昼飯を賭けて、どちらが長く玉を落とさずに線香花火を持っていられるか競争しようと提案した。正雄もそれにのってきた。
 信子はそこで密かに願掛けをした。もし、この勝負に勝ったら正雄に気持ちを打ち明けよう、と。実は信子は以前からうすうす正雄が自分に好意を抱いているのではないかという予感があった。正雄はよくストレートに信子をほめたり、どこかへ誘ったりしてきていたのだが、信子はそんな正雄のまっすぐさに照れを感じ、これまで何となくはぐらかしてきてしまっていた。
 散っていく花火を見つめていた信子が視線をあげると、正雄が信子をじっと見つめていた。信子はまるで自分の気持ちが見透かされたような気がして急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
 すると、正雄が唐突に言葉を発した。
 「あのさ、俺、雪枝と付きあうことになった」
 「え…」
その瞬間、信子の火の玉はポトリと地面に落ちてしまった。信子はあっと小さく声をあげ、残念そうな顔で正雄に視線を戻すと、正雄はまだ信子を見つめていた。
 誰か正雄を呼ぶ声が沈黙を破り、正雄は「ごちそうさま」と言ってみんなの方へ駆けだして行った。
 その輪の中には雪枝もいて、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。雪枝は信子とは正反対の性格で、クラスの間でも人気者だった。私が線香花火なら、雪枝は打ち上げ花火だな、と信子は思った。
 信子はその場に座ったまま、残りの線香花火にまとめて火を点けた。線香花火はみるみる大きな火の玉になり、ジリジリと震えると火花を散らすことなくすぐにボトリ都地面に落ちた。
  涼風が水面を揺らし、青々としたススキの穂を揺らし、信子の頬をなでた。
 夏が終わろうとしていた。


 
このサイトのTOPページへ このカテゴリーの目次へ