雪のちらつく夜空に艶やかな紅の花が咲いた。
それを見て幼い私は、その意味も分からず誰かの幸せを願った。
ねぇ、叶うことのなかった願いに込められた想いはどこにいくの?
「てめぇ、マジふざけんなよ!」
彼の罵声とともに、私にティッシュボックスが飛んでくる。
「タックン、ごめん――、私悪いとこあったら直すからさ」
「だから、そういうとこがうぜえんだよ、オバサン」
彼が自分の鞄に荷物を入れ始める。部屋の時計は二三時を過ぎていた。
「――ねぇ、どこいくの…・・・? もう二三時だよ? こんな時間に外でたら風邪ひいて、明後日のレコーディング台無しになっちゃうよ?」
バンドのボーカルをしている彼は、つい先日メジャーデビューが決まりそれの準備金として必要と言われた百万も美奈子が肩代わりしていた。
「はっ、何あの話信じてんの? メジャーデビューとか嘘に決まってんじゃん」
一瞬、彼を行かせまいと制止する腕から力が抜ける。
「えっ――、じゃああの百万は?」
「三十過ぎたオバサンが、無理して若い男と付き合うとこうなるっていう授業料として考えたら安いもんだろ? じゃあな」
ギターケースを後ろに背負い、この部屋に転がり込んできたときと全く同じ格好で彼が部屋から出て行った。
彼が今まで私に対してオバサンと言ったことは、一度もなかった。
それは、私が三二歳という年齢のことを気にしていたのを知っていたから。私はそんな彼なりの優しさがとても嬉しかった。
だからこそ、結婚資金として貯めておいた預金から彼に百万をやったのだ。
「タックン……」
遠ざかっていったはずの足音が再び戻ってきて部屋の前で止まる。
ガチャリと音をたて、ドアが開き出て行ったはずの彼がそこにいた。
「タックン!」
嬉しさのあまり抱きつこうとすると、彼が美奈子を容赦なく突き飛ばす。
「勘違いすんじゃねぇよ、忘れもの取りにきただけだよ」
土足のまま部屋に入り、テーブルの上の私の財布から二万円を抜き取って彼が言った。
「餞別だよ、餞別」
一人取り残された部屋は、なんだかとても広く感じるのであった。
もうすぐクリスマス。三十路を過ぎた女がひとりで過ごす聖夜ほど悲しいものはない。
なにも好き好んでダメ男ばかりと付き合っているわけではないし、私だって人並みの幸せを経験してみたい。
でも、高校の頃に付き合っていた人と交わした約束がどうしても胸に残っていた。
「俺、東京でミュージシャンになることに決めた」
田園が永遠に広がる学校からのいつもの帰り道、高三の進路選択に悩む近藤君が出した結論だった。
「だから、その夢を叶えるまでお前とは会えない。でも、メジャーデビューが決まったら必ず迎えに行くから、それまで待っていてくれ」
当時の私はドラマのような彼の言葉に酔って、何年でも待っていられる気がした。
|