コツン・・・。
バスが揺れたはずみにガラス窓に小さく頭をぶつけ、光男は眼をさました。残業続きのうえ、雨の日特有の湿った生暖かい空気が眠りを誘い、光男はいつの間にかうとうとしていたのだ。
見覚えのあるファミレスが雨でにじむ車窓を通過する。
もう少しで自分の降りる停留所だ・・・。またもや重たくなってくるまぶたと戦いながら、少しでも疲れをとろうと光男は指先をもんだ。
「ねー、たかし、薬指ってね、なんで薬指っていうか知ってる?」
光男のマッサージを見たせいなのか、向かいに座る女高生が薬指をひろげながらいきなり話し出した。
「薬をつける指だからだろ」
「うん、そうなの。この指で薬をつけるのはね、五本の指のなかでいちばん弱い指だから、薬を塗るのに慎重になれるじゃない、だから、わざと弱い指を使ってやるんだってさ。で、左手の薬指は『その人の一番弱い部分』の象徴だから、その『弱いトコロ』に生涯の伴侶となる人が強い輝きをまとわせて守る、ていう意味があるんだって」
「――りさ、お前、指輪が欲しいのか」
「違うよー!もう、最後までちゃんと聞いてよ〜。だから、運命の赤い糸っていうのは小指じゃなくて、本当は薬指についているんじゃないかな〜。運命の人はずっと守ってくれているっていう〜」
「相変わらず、夢見てんな、りさは」
彼氏が呆れたように笑うと、彼女はぷくっと頬を膨らませて叩いた。
その仕草が可愛く、彼もそれを見たさにわざと怒らせているのかとも見え、そのほほえましさに指をもむ光男の頬も思わずゆるむ。
運命の赤い糸か。久々に聞いたな、と光男は思った。昔、付き合いだした頃の真由美も同じように赤い糸を信じていた。私達には赤い糸がついているのよとあまりに真剣に言うので、本当についているんじゃないかと目を疑ったこともあった。
――次は、桜十文字、桜十文字、でございます――
アナウンスが流れた。光男の降りるバス停だ。
雨はまだ降り続いている。
いやだな、傘を持っていないのに。濡れるのを覚悟してバスのステップから雨の中に踏み出すと、目の前は見覚えのないトンネルだった。
光男はバス停を間違えたのかと思い慌てて振り返るが、後ろには黒々とした森が広がるばかりで、バス停どころか道路すら見当たらない。光男の周りだけがぽっかりと何もない空間になっている。激しい雨もやんでいた。
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