朝からあくびが止まらない。小学校まで速めに歩くと、ぼくの足であと10分くらいだ。
香川から東京に引っ越してきて、今日はちょうど3週間目の水曜日だ。東京は人の歩く速さだけでなく、授業の進むスピードまでがとても速く感じる。授業中はぼんやりと座っているだけでやり過ごせるけど、宿題の多さにはうんざりしてしまう。昨日もそれで寝るのが少し遅くなった。
4月に転校してくるまで、ぼくは勉強らしい勉強なんてしたことがなかった。
本当は今だって、東京の学校なんかに行きたくない。田舎からの転校生というだけで皆にはバカにされるし、クラスのボス的存在であるマサルには目をつけられ、プロレスと称して4、5人でよってたかってこづき回される毎日だ。
それでも、ぼくは学校では絶対に泣いたり弱音を吐いたりしないと決めている。家に帰ると、何でも相談出来る中学2年の兄ちゃんがいる。兄ちゃんは、昔から勉強が出来て、ぼくの話を笑いながら聞き、最後には励ましてくれる。いつも、ぼくの味方だ。母ちゃんは、旅行会社で働いていて毎日帰りが遅いけど、ぼくと兄ちゃんのために夕食の準備を忘れたことはない。死んだ父ちゃんも、いつも母ちゃんの料理をほめていた。肉じゃがが好物だった。
母ちゃんは、会社に行く時は髪をひとつに束ね、たくさんの書類が入った大きな鞄を抱えて小走りに家を出て行く。てきぱきと家事をこなしたうえで通勤していく母ちゃんを見て、ぼくは“すごいなぁ”と感心しながら、同時に励まされる。最近は、ぼくも目玉焼きくらいは作れるようになった。
母ちゃんは、ある時からパーマをかけて髪を下ろして出勤するようになった。お化粧の仕方も変えたのか、前に比べてずい分若く見えるようになった。自慢の母ちゃんが綺麗になっていくのを見るのは、ぼくにとってもうれしいことだと思った。
蒸し暑い日が続くようになった5月下旬、ぼくは急に降り出した雨の中、学校からの帰り道に兄ちゃんを見かけた。
兄ちゃんは、今までぼくが見たこともないような怖い顔をしていた。傘もささないで他の中学生3、4人に囲まれているようだった。遠目から見ても、奴らが兄ちゃんに向かって汚い言葉を吐いたり、バカにしている様子が伝わってきた。兄ちゃんは刃向かっていったが、逆に泥水の中に突き飛ばされてしまった。奴らが去ったあとも、前を睨みつけたまま動かない兄ちゃんに、ぼくは傘を差し出すことも、声をかけることも出来なかった。
いつもぼくを励ましてくれていた兄ちゃんが、ぼくより辛い目にあっていたんだ、全然知らなかったよ…
ぼくも、しばらくその場を動けなかった。
帰り時間が以前よりも遅くなる日が多くなっていた母ちゃんは、その日もぼくが寝入るまで帰らなかった。翌朝、玄関先に見慣れない男物の傘が置いてあるのをぼくは見つけた。それは、昔、父ちゃんが使っていたものによく似た黒い大きな傘だった。
「来週の日曜日に、コウタとタダシに会ってもらいたい人がいるの」
そう改まった口調で、母ちゃんが会社で好きになったヤマオカさんの話を始めたのは、黒い大きな傘を見てから数日たった夜のことだった。
母ちゃんは、ヤマオカさんの話をしながら、時々とても幸せそうな顔をした。ぼくは、そんな母ちゃんの顔を初めて見た気がして、何となくどきどきした。
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