今日も雨は朝から降り続いていた。
毎年この季節になると、モモちゃんのことを思い出す。
おばあちゃんのお見舞いに行ったその病院の休憩室で僕らは出会った。
その日も、雨が朝から降っていた。僕は休憩室の窓から、通りを歩く人が差す色とりどりの傘をじっと見ていた。
「ねぇ、知ってる? 雨の『あめ』は飴玉の『あめ』なんだよ」
振り返ると、パジャマに白いカーディガンを羽織った小さな女の子が笑顔で立っていた。
「へぇー、そうなんだ。知らなかった」
女の子が僕の言った言葉に驚いた顔で言う。
「このこと信じてくれた人、初めて!」
そう言って女の子は笑った。口元のえくぼが印象的な色白の女の子、それがモモちゃんだった。
「わたしは、モモ。名前は何ていうの?」
「ケン、小学四年生」
「モモは今年九才だから、ケンはモモよりひとつお兄ちゃんだね」
年下の子に呼び捨てにされても、なぜか嫌ではなかった。
「学校って楽しいんでしょ? ママも先生も病気が治ったら学校に行けるって。だから、モモ頑張って治すんだ」
看護師さんが薬の時間だとモモちゃんを呼びに来る。
「――モモね、雨の日が好きなの。ケン、またね」
そう言って部屋へと戻るモモちゃんの後ろ姿は、どこか悲しげで愛おしく見えた。
その日から、おばあちゃんのお見舞いに行くたびにこっそり抜け出し、モモちゃんの病室へと会いに行った。
学校でのこと、家で飼っているハムスターのこと。どんなにくだらない話にもモモちゃんは目を輝かせて聞いてくれた。
あるとき、モモちゃんは僕にこんなことを訊いてきた。
「――ケン、外ってどんなニオイがするの?」
モモちゃんの突然の質問に僕は答えられずにいた。
「あのね、モモのお見舞いにやってくる人はね、みんないつも違うニオイがするの。モモって小さい頃からほとんど病院にいたでしょ? それにね、外に出てもいいですよって言われて外に出る時にはマスクしなくちゃいけないし……。だからね、外のニオイが分からないの」
『外のニオイ』だなんて今まで意識して嗅いだこともなかった。
「ケンはいつも、土のニオイがする。小さいころ行ったおばあちゃんのお家の畑のニオイ、それと同じニオイがする。土のニオイ」
僕は、学校の休み時間になるといつもグラウンドでサッカーをしていた。
自分の服のニオイを確かめようと試みる僕を、モモちゃんが笑って見ていた。
次の日から僕は、学校が終わると真っ先に家に帰り、家中のビニール袋を持って『外のニオイ』を採りにたくさんの場所に出掛けた。
森、川、沼、田んぼ、公園、駅、駐車場、トンネル……。
採ったニオイは消えないうちに、モモちゃんに持って行った。
「どこも全然違うニオイがする!」
田んぼに落っこちて泥だらけになった僕の隣で、モモちゃんは興奮気味にそう言ったけれど、ボクにはさっぱり違いが分らなかった。
でも、自分がモモちゃんと外の世界を繋ぐ唯一の存在だということには悪い気がしなかった。
明くる日も明くる日も、ボクはニオイを採りに出かけた。
その日も夢中になりすぎて、雨が降ってきたことにさえ気が付かなかった。
――遠くで、雷が鳴る。同時に雨足が強くなる。
モモちゃんと初めて会った日も雨が降っていた。あの日モモちゃんは、雨の日が好きだと言っていた。
――雨のニオイ。乾いたアスファルトが水を吸って潤うあの感じ。
僕はそれまでに採ったニオイの袋を全部ほどき、雨のニオイを無我夢中で採った。
モモちゃんに雨のニオイを届けたい、それだけが今の僕を動かしていた。
病院に着く頃には、すっかり雨は上がり晴れ間が見えていた。
びしょ濡れになって持って来た雨のニオイを、モモちゃんは壊れ物を扱うようにそっと嗅いでいた。
「――ケン、ありがとう」
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