湿った風が吹いてきて、アスファルトからあの独特の臭いがたちこめた。さっきまで晴れていたはずの空はいつの間にか真っ黒な雲で覆われ、日の光は完全に遮断されている。
コンビニからアパートまでのコースには、避難出来るような店はない。僕はよろけながら歩みを速めた。
僕は3日前、一年半付きあった彼女に振られたばかりだった。
「あなたのようなウジウジ、ジメジメした人と付きあっていると、私まで暗くなるわ」という捨て台詞を残して彼女は去って行った。
僕は2日間、飯も喉を通らず、講義も休んで、布団の中に転がっていた。このまま絶食して死んでやろうかと思った。そしたら彼女はどんな顔をするだろうか。わざとらしくノートに遺書など書いたりもしたが、さすがに3日目ともなると空腹に耐えかね、ふらふらとコンビニへ向かった。
その帰り路、家まで八分くらいというところでどしゃ降りに襲われた。
近くの家の軒先にかけこんでしばらく雨を眺めていると、濡れたTシャツがジトジトと肩に貼りついて気持ちが悪かった。ふいに彼女の台詞を思い出し、まるで僕のようだななどと思うと、足が萎えた。
しばらくうずくまっていると、向こうから傘をくるくる回しながら若い娘が歩いてきた。僕の前で立ちどまり、少しの間首をかしげていたが、やがて傘を差しだした。
「これ、あげる」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
「君は? 濡れちゃうだろ?」
彼女は首を振ると、「濡れるか濡れないかは問題じゃないわ」と言った。そうして傘を僕の横に置くと、「ただ、傘に当たる雨の音を聞いてただけなの。それ、返さなくていいわ」と言って、スキップをしながら去って行った。長靴が水たまりでリズミカルな音をたてていた。
彼女にどこであったのかを思い出した。大学の構内で見たことがあったのだ。借りた傘にはご丁寧に名札がついていた。
"かつらぎ あまね"
その少し古びた小ぶりの傘は雨を防ぐのに充分ではなかったが、返さないわけにはいかない気がした。
次の日、傘を持って食堂へ行くと、彼女は一人で窓際の席に座って、一心不乱にフォークの先にマカロニを通していた。
僕は彼女の椅子に傘を立てかけてこっそり去ろうとしたのだが、彼女に気づかれてしまった。彼女は隣りの席をうながし、自分の前のししゃも定食を僕にすすめた。
「マカロニサラダはこの定食にしかついてないの。サラダ以外は手をつけていないから」
彼女はそう言ってバックからパンを取りだした。
僕は断ることができなかった。その後、僕と彼女は出身地だとかパン派かごはん派かだとか、とりとめのない話をした。不思議と居心地は悪くなかった。僕はそろそろ一人で昼食をとるのに飽きた頃だったし、彼女が友達と連れ立っている様子もなかった。
それから僕と雨音(あまね)は気のおけない友人としてつきあいだした。
僕に昼飯を食べる友人ができた後も、食堂で会えば同席したし、たまの休みに出かけることもあった。
時には、深夜に突然望遠鏡をかついでやってきて、星を見に行こうと言ったり、しだれ桜を見たいと言っては、僕を京都まで車を運転させたりした。
僕がボヤくと、彼女は決まって「美しいものは儚いの。花は散っていくし、星は流れていくし、今と同じ一瞬は二度と見れないんだよ」などと言った。
雨音はお伽話の世界に生きているみたいだった。だから、友人が出来ないのだろうか。一方、僕の方も相変わらずネガティブな発言をしては友達を辟易させていた。
だが、雨音だけはいつも笑って聞いてくれた。幾人かの友人は付きあっているのか、とたずねたが、僕たちは純粋に親友なのだと答えていた。
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