何も聞けないままお葬式の日になった。豪華とはいえない花の真ん中に、遺影が置かれていた。ハルは遺影を見て、鳥肌が立った。花に囲まれているその人物は、毎朝会っていたおじさんだった。
「ハル?どうしたの?」
「前に話した、朝、駅で会うおじさんだよ」
サキは驚いたようだったが、「そう。会ってたの」と何故かほっとしたような口調で言った。
サキは、ゆっくり一言一言選びながら話し始めた。
「ハル、お母さんね。20年前にとても好きになった人がいたの。あの頃は、その人といるだけで楽しかった」
ハルは、ただ黙って聞いていた。
「でも、その人がギャンブル好きで、多額の借金があることがわかった。そして、お腹の中にあなたがいることも」
ハルは、サキを見た。サキは話し続けた。
「私はあなたと2人で生きていこうと決めた。それは、今も後悔していない。あなたと一緒で、とても幸せだから」
ハルは、胸の中が暖かくなるのを感じた。
「ハル、あなたのお父さんはあの人なの」
ハルは、サキの視線を追った。あったのは、おじさんの遺影。
あの男が、サキの言った好きになった人。そして、ハルの父親。
「お父さんなの?おじさんが、私のお父さん?」
声が少し震えていた。この現実を自分の頭でどう消化していいか分からなかった。
お葬式の後、ハルの元に小柄な男がきた。
「やあ、ハルちゃんとは、赤ちゃんの時に会って以来だね」
福沢というその男の人はハルにやさしく笑いかけた。
「今日は、君に渡したいものがあってね」
そう言って、赤い色のチェック柄の折りたたみ傘を差し出した。
「それ・・・」
「覚えてる?本田がハルちゃんのために買った傘だよ」
「えっ?」ハルは男の顔を見た。
「本田は、雨にぬれて帰るハルちゃんを何度も見たって。今度貸すんだって、嬉しそうにしていた。ハルちゃんと話すようになった時は、泣いてたよ。本田は、ハルちゃんが生まれてからギャンブルをやめた。借金返すために真面目に働いてた。父親だと言えなくても、君に恥じない生き方をしたいってね」
ハルは、複雑な気持ちだった。でも、嫌な気持ちじゃないことだけは確かだった。
「この傘は、ハルちゃんにもらって欲しいんだ。あいつもそう願っているはずだから」
福沢は、ハルに傘を渡して去っていった。
傘には赤い糸で小さく『ハル』と名前が縫われていた。
ハルとサキが外に出ると、雨が降っていた。
ハルは折りたたみ傘をひろげた。赤いチェックの傘の中に入ると、透けた光でサキがほんのり赤く染まった。自分もその光に包まれていた。おじさんが、いやお父さんが、サキとハルを温かく包んでくれている、これからもサキを見守ってくれるのだとハルは感じた。
「お母さん。私、雨って嫌いだった。でも、今は、ちょっと好きかも」
ハルはこれから毎日この折りたたみ傘をバックに入れておこうと思った。
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