会社をリストラされた聡(45歳)は1週間が過ぎても家族には言えないでいる。会社に行くフリをして誰もいないデパートの屋上のベンチでひたすら時間をつぶす毎日だ。どんよりした梅雨空がさらに気分を滅入らせた。
今まで、順風満帆に生きてきた。仕事も真面目にこなし、家族にも恵まれた。それが、突然リストラされてしまった。特別に大きな失敗などしたことがない。人事課から漏れてきた情報によると、平凡ゆえのリストラ対象らしい。首を切っても文句を言うまいと言うことか。大きな挫折を経験したことのない聡にとって、これ以上の仕打ちはなかった。買ったばかりの家のローンに、二人の子供の教育費…。
「自殺」、その二文字が頭をよぎり始めていた。
いつものように「お疲れさま」と言って出迎えてくれる妻。その一言が余計に聡を追い詰める。
「キョンキョンがまさかねぇ〜・・・」
たわいの無い会話をする妻と子供たち。いつもと変わりのない空間が今の聡には耐え難い。
溜め息をつくようにベランダでタバコを吹かす聡。妻と子供たちは来週の休みに妻の実家に行く予定だ。聡は当然仕事で残る…。
「絶好のチャンス」であった。
薄暗い空からは雨が降り始めていた。
一週間が過ぎ、聡は妻と子供たちを見送った。
聡ひとりが残った静まりかえった室内で、掛け時計の秒針の音だけが大きく響く。
食卓に座ると動けなくなった。半日後、ようやく決心をし、階段の下の物置の中から古いロープを探し出す。
自分の保険金が入れば、家族はこの家に住める。子供たちも学校もやめなくてすむ…。
その思いが聡の重い体を動かした。
リビングの柱に、淡々とロープを結び付ける。
準備が終わると、また椅子に座り、時計をじっと見つめる。
3分後に決行だ…。
ゆっくりと過ぎていく時間が体をさらに固くさせる。決意と裏腹に体は 動かない。
もう3分…。
ようやく椅子の上に乗り、ロープの輪に頭を通す。震える足が少しずつ前に出る。突然、電話のベルが鳴り響く。驚いて足が椅子からはずれてしまった。もがく聡、反動でロープの結び目がほどけた。冷や汗がどっと出た。
荒い息を押さえ電話に出ると、聡の母の声。祖父が死んだという訃報だった。祖父は、90歳だった。
子供の頃、両親が共働きだったせいもあり、聡はよく祖父の家に預けられた。懐かしいはずの人であったが、今では幼い頃にお世話になっていたというぐらいの存在になってしまっていた。
死に損ないが葬式に出るのかと皮肉な思いもわいたが、もう一度ロープの輪を作る気力もなかった。
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