夢を見た。幼い頃の自分の夢。酒と煙草と香水の入り混じった匂いをまとい、真っ赤な口紅をつけた『あの人』が、幼い僕にいつもの口癖のようにこんなことを言っていた。
「なんであんたなんか産んじゃったんだろうねえ」
どうして思い出したくないことほど、こうして夢に見てしまうのだろう。しかも、最近同じ夢ばかり見る。
僕は小さなスナックを営んでいる『あの人』と二人で暮らしていた。僕は『あの人』から放たれる鼻につく匂いと真っ赤な口紅が大嫌いだった。あんな派手な女が母親として世間から見られることが嫌で嫌で仕方がなかった。近所の人がよく思っていなかったことも知っている。それが幼い僕にとって、苦痛であった。それだけではない。毎日違う男を連れて帰り、その度に僕は家から追い出された。そういう人だったから、僕は自分の父親を知らない。『あの人』も僕が誰との関係で出来た子供なのか分からないと言っていた。そんな彼女は高校に入学したての僕を残し、店の常連客と姿を消した。不倫のあげくの駆け落ちだった。その日以降、僕は『あの人』がどうしているのかを知らない。知りたくもなかった。
でも、僕は今も『あの人』と暮らしたアパートに住んでいる。『あの人』が使っていた化粧台や家具に囲まれ生活している。香水や口紅もあの時のままだ。引っ越す金もなかったが、『あの人の浅ましさ』に囲まれていると、自分はまっとうに生きなければと気力がわいた。アルバイトで学費と生活費の両方を稼ぐのは大変だったが、今では浄化槽を売る会社で汚物を分解するバクテリアの研究開発をしている。汚れきったこの世界を少しでもきれいにしたかったのだ。眠る間も惜しいくらい研究に没頭した。そして、部屋に戻り、香水の匂いに誘われ夢を見る。その繰り返しの日々だった。
夢で起きてしまった僕は眠れないままテレビをつけた。
「ああ、またやられたんだ」
スナックを経営する中年女性ばかりを狙った連続殺人事件のニュース報道が画面に流れた。今回で三件目なのである。犯人はまだ見つかっておらず、手掛かりは店に残された白い布の切れ端に書き記されていた【罪と罰】という文字だけ。しかもそれは真っ赤な口紅で書かれているのだという。
「汚物を分解しても罪にはならないぜ」
このところ同じ夢ばかり見るのは連日のこのニュースのせいもあるのかもしれない。『あの人』の香水の匂いと「スナック経営の中年女性」、それを睡眠不足の脳みそが合成して夢にする。そう言えば、頭の奥の方に何か固いしこりがあるようだ。
「いつかあの人も狙われたりするのかな」
冗談ぽくうそぶくと、ジンジンした頭の奥のしこりが少し溶けたような気がした。
「やめてよ」
消えそうな声で訴える女性。女性の視線の先にいるのはナイフを持った一人の青年だった。二十代後半といったところだろうか、僕と同じくらいの年齢だろう。だが、何故か顔をはっきりと認識することが出来ない。
その青年の右頬に口紅で書かれたと思われるバツ印だけが見えた。
「おい、何してんだよ」
僕の声で青年が振り向こうとする。
その瞬間、夢から覚めた。どうやらシャワーの途中で眠気に襲われたらしく、僕はバスタオル一枚でベットにいた。相変わらず頭の奥がジンジンした。喉の渇きをおぼえ、冷蔵庫から水を取りだし、テレビをつけた。
「え・・・」
また、あの連続殺人事件のニュースが流れた。新たな被害者が出たらしい。しかも、目撃者によると、犯人の右頬には赤いバツ印があったという。
自分が先ほど見た夢と同じことが昨晩起きていたというのか。気味が悪くなり、とっさにテレビを消した。
「何かの偶然だ…。最近ずっとこのニュース見てたし、バツだバツだと言うから、バツ印、想像してしまったんだ。そうだよ、うん」
だが、僕はその時気づいていた。殺された女性の顔に何故か見覚えがあることを…。
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