作品テーマ 口紅 2007年5月
≫「大切ナモノ」 神永順一
 


■PROFILE

神永 順一
Jyunichi kaminaga


日活芸術学院 映像科1年
1984年 茨城県の山間の町出身。

大学では一応、文学部でした。ゼミで近代文学だったりをやってましたので小説等々は好きだったり。しかし、映画の世界へ足を踏み入れてしまうとは…。まったくもってホワイトカラーは向かない職業だと。

【特徴】
食べる物より、好きな物を買う事を優先。色々な物が増殖中。

【自分の色】
深緑のように落ち着いた人になりたい。

【まとめ】
メンドクサガリ+マイペース+シンネン=カミヒトエ



始発待ちの駅のホームに立っている。
足元に何かが落ちていた。
拾ってみると、プラスチックのケースに入った口紅だった。
落し物として届けるために階段へ向かうと、一人の女性が駆け下りてきた。
黒いセルフレームの眼鏡をかけた女性。息を切らすほど急いでいる。
化粧はしていないようだ。彼女と目が合った。その時、
「それっ…!」
いきなり言われた僕は、手に持っていた口紅を差し出した。
「よかった」
彼女はほっとしたのだろう。眼鏡の奥の目が潤んでいた。それを受け取った彼女は頭を下げて階段を上っていった。そこへ始発電車がすべりこんできた。


 それから数日後、講義のレポートを書く為の資料を借りに図書館にやってきた。ボクは必要な本を見繕い、貸し出しカウンターへと向かった。
そこにはあの時の彼女が居た。
眼鏡はかけていなかったがすぐに分かった。
「返却は2週間後です。どうぞ」
「あの、覚えてませんか?」
彼女は眉間にシワを寄せてボクの顔を見ている。
「ごめんなさい。今日、眼鏡忘れちゃって」
ここまでどうやって来たんだろう。そんな疑問もわいたが、
「駅のホームで口紅を拾った者です」
彼女は思い出したのだろう。軽く頷いた。
「あの時はありがとう。お礼したいんだけど、よかったらコーヒーでもどうですか。」
「じゃあ待ってます」
一時間ほど図書館わきの公園で暇をつぶした。彼女がやってきた。ちゃんと眼鏡をかけている。手には缶コーヒーを2本持っていた。てっきりちゃんとしたコーヒーだと思っていたボクは肩透かしをくらった気分だった。
「ブラックと甘いのどっちがいいですか?」
「ブラックください。ところでそれは?」
彼女はブラックの缶コーヒーを差し出し、隣に座った。
「あぁ、眼鏡ね。忘れたと思ったらカバンの中に入ってて・・・あの口紅大切なものだったんだ」
彼女は話しはじめた。
「私、双子なの、一卵性の。姉がよくつけてたのがあの口紅なの」
彼女は双子だった。
彼女の名前は沙耶といい、今年からあの図書館で司書として働いている。ボクよりも2才年上だった。
「いろいろ喋っちゃった。ごめんなさい」
彼女は仕事へと戻っていった。
胸が高鳴っていた。
僕は、恋をした。

大学での講義を終えると図書館に通った。
決まって公園のベンチで彼女と話した。
お姉さんと彼女は同じ大学に通っていたこと。
卒業まであと1年という時に、バイク事故で命を落としてしまったこと。
彼女は教師を目指し、お姉さんは図書館司書を目指していたこと。
彼女は、お姉さんのなりたかった職業に就いたのだ。
自分が何になりたいのかさえ決まっていない自分が情けなかった。
「先生には・・・なりたくないの?」
彼女は戸惑った表情をしている。諦めきれていないことは明確だった。
「そうだよね。お姉ちゃんのやりたいこと、妹の私がやっても喜ばないよね。私はお姉ちゃんじゃないんだから・・・」
彼女は黙ってしまった。長い沈黙のあと、小さな声で何かを言い残し去っていった。
ボクには聴き取れなかった。
暗闇が辺りを包む。
持っていたコーヒーは冷たくなっていた。
「冷てぇなぁ…」
ブラックのコーヒーの苦さと涙のしょっぱさ。それは彼女との別れ を意味していた。


 あれから1年が経っていた。桜の咲く季節になり、僕はゼミが始まった。真新しいランドセルを背負った小学生が目に入る。
前よりも時間的には楽になったが、心には穴が空いている様だった。
「お前あの先生好きなんだろっ!」
小学生がふざけあっていた。おそらく新しく来た先生のことを話しているのだろう。すると、
「さようなら。また明日ね」
聞き覚えのある声。
この声は彼女の声だ。
その方向に目をやると、前と変わらず黒縁の眼鏡をかけた彼女が立っていた。
その唇にはあの口紅が塗られている。
彼女は僕に気づくと、笑顔でこう言った。

「ありがとう」

あの時、聞き取れなかった言葉はこれだったのだ。

                                     終
   

 
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