作品テーマ 口紅 2007年5月
≫「I'm sorry Mama」 武田沙織 次のページへ
 


■PROFILE

武田 沙織
Saori Takeda


日活芸術学院 映像科1年 1988年 山形県生まれ

つい二、三年前まで夢はFBI捜査官。 しかしなるにはアメリカの国籍が必要と知り断念…。多くの占いの結果から映像関係の仕事が吉と知り、映画好きということだけで夢を叶えるため上京。 東京の街に酔いながら、日々奮闘中。

【好きなもの】 *ピンク!!所謂ピンク病です(´;ω;`) *お笑い鑑賞!!チュート?ノンスタ? *軟骨の唐揚げ!!こりこり?

【ひとこと】 基本毎日楽しいこと考えてます。変な夢ばかり見るのでそこから話が膨らんだり結構あります。自分の将来は今はまだ想像もつかないですね、両方の意味で…


私は母が大嫌いだった。仕事に行く前の真赤な口紅を塗った母が大嫌いだった。 
 
警察から電話が来たのは先週の水曜日のことだった。夕食の準備をしている時にけたたましく電話が鳴った。それまでの静寂を打ち破るような鳴り方に、悪い報せだということはなんとなく気が付いていた。
お母さまが今朝、交通事故で亡くなられました。トラックにはねられ即死でした――。故郷訛りの淡々とした警官の口調がずしりと母の死を実感させた。
母とはもう何年も連絡を取っていなかった。私が生まれてすぐに両親は離婚。母は小さなスナックをやりながら女手一つで私を育てた。仕事柄よく酒を呑んでいたせいか私を呼ぶ声はいつも嗄れ声で、幼い私が駄々をこねようものなら手加減なしに頭をぶたれた。
小学三年生のころ授業参観があった。一部の生徒にとって授業参観とは自分の親と友達の親を比較し優越感にひたる行事。
「奈緒ちゃんのお母さんは何のお仕事してる人?」
と訊かれ、普段昼間は寝ているのでどうせ来ないだろうと思い、適当な嘘をついた。
「大きな会社で受付やってるんだ」
昼間が仕事で綺麗な人がなれる仕事。今考えれば、どうでもいい嘘。でも、それは幼い私が抱いた理想の母の理想の職業でもあった。
そして、母は予想外にも授業参観にやってきた。
全身ヒョウ柄のスーツ、パーマで完全に傷みかかった金髪の髪、仕事明けで疲れ切った青黒い目元のクマ。それを隠すようにして厚く塗った白浮したファンデーション。そして鼻につくほどの付けすぎの香水と、不気味なくらいの真っ赤な唇。
母が教室に入った瞬間、その異質な香りと「学校」という場にはおよそ不釣り合いな装いに、教室中が母を凝視した。
「すげぇー、化け物みたいだ」 
男子のひそひそ話に耐えきれず、私は机に頭を伏せた。
この瞬間、私がみんなについた嘘は脆くも崩れ落ちた。
 
それ以後も、本当に些細なことで私と母は衝突してばかりいた。高校三年の夏、母から再婚の話を聞いた。
「奈緒にも会いたいって言ってくれてて、とってもいい人でね、結婚したら三人で一緒に暮らしましょう」
そう言った母の嬉しそうな顔は今でもはっきり覚えている。少女のような、初めて見る母の女の一面だった。
その頃の私は、とにかく母から離れたくて、就職は東京の企業にするつもりでいた。実家から遠く離れられるならば、どこでも良かった。
何かにつけて衝突ばかりの私のことなんて母にとって邪魔な存在だと勝手に思い込んでいたので、そんな言葉が母の口から出るなんて私は信じられなかった。
「おめでとう、良かったね。でも、私は一緒に暮らさないよ。その人とお母さんの二人で暮らしなよ」
「そう、残念ね…」と言った後に見せた安心した母の顔を、私は見逃さなかった。


 
このサイトのTOPページへ このカテゴリーの目次へ 次のページへ