「蔵原惟繕監督の思い出」 @フィルムセンター大ホール
2008年11月28日(金曜日)

  

第9回東京フィルメックス(11月22日~30日) 蔵原惟繕監督特集におきまして浅丘ルリ子さんのトーク・イベントが行われました。その模様をお伝えいたします。

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― 蔵原監督は、シャイでこだわりのある方と本で読んだのですが、他の監督と違う演出方法などありましたか?

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 私がこの作品に出演したのは、まだ22歳の頃でしたが、30代くらいになってから、もう少し年をとってから、もう一度この役をやりたい ってずっと思っていたんです。(当時は)まだ自分自身未完成でしたし、芝居を含め色んなことが完全ではありませんでした。

 蔵原監督は本当に普通とは違う感性をお持ちの方でした。芝居をつける時に、とても観念的なことをおっしゃるんです。そして、何より凄くセンスのいい方でした。カメラマンと脚本家の方とのチームワークも素晴らしく、裕ちゃん(石原裕次郎)も私も監督の意図を理解して一生懸命やっていました。
 
 監督は次々に新しいものにチャレンジなさる方で、ダンディーで、撮影の合間にスタッフを引き連れて歩いている姿がとっても素敵で、“なんて素敵なんだろう” と子供心に恋心を抱いたことを覚えています。また、監督は編集もご自分でなさるんです。市川崑監督もご自身で編集されていましたが、こだわりのある方はご自分で編集までされるんですね。でも、当時の日活は週1本は映画を作っていて、作り続けなくてはならないという状況の中、監督も俳優も寝る時間もないくらいの忙しさでした。



― 今回の12本の特集上映の中の1本 『執炎』は、浅丘さんにとって、ご出演100本記念の作品ですね。

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 ええ。それも10年間で100本ですから、すごい数です。ほとんどが男性の相手役という形だったので、100本記念には私のものをということで、ご褒美という意味で日活が作ってくださった作品です。

 相手役は、本当は伊丹十三さんじゃなかったんです。相手役を募集して、すごく素敵で “この人がいい” と思ったのは、実は渡哲也さんだったんです。でも、とても難しい演技だったので、当時まだ新人だった渡さんには、最初から主演は無理だろうということになって、渡さんは出られなかったんです・・。伊丹さんも初めての主演だったはずなんですけど(笑)

 『執炎』では、山の中を駆け回って怪我したり 色んな思い出がありますが、『憎いあンちくしょう』 も色々思い出があります。私、『憎いあンちくしょう』のために運転免許とったんです。東京から阿蘇まで運転していくお話で、本当に危なかったんですよ。

 撮影中、ジャガーを運転するんですが、とても大きな車で足が届かなくて。バックしてガソリンスタンドにはぶつけるわ、レンズを覗いているカメラマンにぶつけて、彼の目を青アザにしてしまったり・・怖い思い出やら楽しい思い出がいっぱいです。

 あと、作品の中で下着姿になる場面があるんですが、あれは時代を感じさせますね。今みるとすごく恥ずかしい。もっと素敵なパンティとブラジャーにしたかった(笑) そんな色んなこと含めて、やっぱり30代くらいでやりたかった・・。もし裕ちゃんが生きていれば今でも良いからもう1回この映画やりたいくらいです(笑)

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数多くの作品に出演されている大女優 浅丘ルリ子さんの貴重なトークと、時折みせる昔と変わらないキュートな表情に、会場のお客さまからは惜しみない拍手が贈られました。

◆東京フィルメックスは、11月30日(日)まで。
詳細はコチラ → http://www.filmex.net/