風のある道
かぜのあるみち

文豪・川端康成の原作を芦川いづみ、北原三枝、清水まゆみの共演で映画化した珠玉の名作。それぞれの道を歩む三人姉妹の生き方を通じて、女性の幸福とは何かを詩情豊かに描く。

竹島家の次女・直子は、姉・恵子が祝福を受けながら嫁いでいった夜、華道矢田流の後継者・光介との結婚について考えていた。家元である光介の母から華道の才能を高く買われた直子は、後継者として嘱望されていた。その光介の母が姉の結婚式場で再起不能の病に倒れたため、結婚が急がれることになったのだ。しかし直子は、光介の性格に一抹の不安を感じていた。この結婚について両親の意見が対立しているのも、心を悩ます一因となっていた。数日後、光介が主催する新作発表会で、直子は精神薄弱児収容所みどり学園の教師をしている小林甚吉という青年を知った。名声と地位に恵まれている光介とは対照的な、卒直で飾り気のない甚吉の人柄に、直子は人間的な魅力を感じた。ある日、娘の結婚問題で夫と口論した母・宮子に旅行に誘われた直子は、母の計らいでやって来た光介と明るい太陽が輝く静かな湖畔で会った。その夜、光介が巧みに勧める酒に酔った直子は、何時しか光介の部屋へ誘い入れられていた。直子の留守中、甚吉から速達が届いていた。急用を心配して開封した妹・千加子を咎め、いつになく苛立たしい態度の直子と甚吉から届いた速達を見た両親は、親らしい心遣いから彼を家へ招いた。しかし、そこに偶然光介も訪れ、直子との婚約発表と矢田流の新しい企画のためアメリカへ一緒に来てほしいと申し出た。二人の関係を知り、気がねした甚吉が家を辞そうとポケットから時計を取り出したとき、宮子はその時計をみて何故かハッとするのだった…。

日本
製作:日活 配給:日活
1959
1959/9/13
モノクロ/89分/シネマスコープ・サイズ/8巻/2423m
日活
【東京都】江東区(東雲)/足立区(北千住・荒川放水路付近)/中央区(銀座)/多摩市(多磨墓地)/大田区(羽田空港)/隅田川水上バス
【神奈川県】横浜市(県立音楽堂、横浜埠頭)