vol.7 録音 橋本文雄さん(後半)

さて、今回は好評の 『録音』【後半】編です。
「日活のその後~ロマンポルノ時代」「録音の仕事について」「リアルな音とは~音の設計~」「これから伝えたいこと」などについて存分に橋本さんに語って頂きます。お楽しみに!!


【略歴】
1928年京都生まれ。1946年、録音助手として大映京都撮影所録音部入社。伊藤大輔、衣笠貞之助、溝口健二、森一生など錚々たる監督に映画の基礎を教わる。1954年に日活に移籍。西河克巳監督の『生きとし生けるもの』で技師デビュー。以後、川島雄三、井上梅次、中平康、今村昌平監督作品や石原裕次郎主演作など日活アクション作品に携わり「日活の音」の礎を作る。ロマンポルノでは神代辰巳、西村昭五郎、小沼勝、曽根中生監督作品を担当。現在は澤井信一郎、森田芳光、阪本順治、和田誠、平山秀幸等と共働している。映画録音担当作品は計274本にのぼる。

【主な担当作品】
1955年『生きとし生けるもの』
1956年『太陽の季節』
1957年『幕末太陽伝』
1957年『俺は待ってるぜ』
1958年『錆びたナイフ』
1959年『才女気質』
1959年『にあんちゃん』
1961年『豚と軍艦』
1963年『太平洋ひとりぼっち』
1984年『Wの悲劇』
1988年『敦煌』
1988年『怪盗ルビイ』
1992年『外科室』
1995年『天守物語』
1997年『失楽園』
2000年『顔』
2003年『阿修羅のごとく』 など

【受賞歴】
毎日映画コンクール録音賞5回受賞。
日本アカデミー賞最優秀録音賞3回、優秀録音賞9回。日本映画・テレビ技術協会 日本映画技術賞3回。

前回は橋本さんに日活映画の歴史や、海外との仕事などについて語って頂きました。今回はその後半となります。

日活のその後について教えて頂けますか

裕ちゃんたちが独立した後はテレビの時代になり、アクション映画や青春映画が段々と下火になってきて、ロマンポルノ(※1)をやる事になった。沢山の人達が日活を辞めていったり、名前を変えて仕事をしていたんだよ。けど、僕と姫田さん(※2)は名前を変えるのはやめようと言ってそのまま本名でやっていたんや。「誰が見てもええやないか。けど、誰が見ても恥ずかしくないポルノを作ろう」と決めてな。ポルノで勝負してやろう、と思った。

物事はいい様に考えないとな。プラス思考でやっていかな。卑下しながらやっていたら、それはマイナス思考やろ。

ロマンポルノは実践をやりながら、皆で新しい事に挑戦する感じがあったな。製作費もなかったから、発想の転換が必要やったんや。お金がないから出来ないという、手抜きをしたらあかんからな。例えば音楽家が呼べなかったら、限られたものの中から良い音楽を選曲する。無ければないで、頭働かす事が大事や。そういう積み重ねがあったから、皆どんなことにも対応するし、強くなったよ。それにあんなにバカにされていたロマンポルノ(『赫い髪の女』(※3))が初めて評価されて、日本アカデミー賞優秀録音賞(※4)にノミネートされたんやから。

58年もやっていると山あり、谷ありだよ。車の送り迎えの時代から、撮影所が売却されて、給料が遅配になったり。年末に小切手だけもらっても、お正月のお餅も買えんし、どないしようなぁ、と色々あったもんだよ。

昔の監督・俳優と今の監督・俳優は何か違いますか。また、俳優さんへの録音部としてのアドバイスなどはありますか

監督も俳優も、基本的には変わらんな。アドバイスかは分らんけど、役者が時々セリフに詰まっているのに続けてやる事があるけど、あれは駄目だと思うよ。その「しまった」という気持ちを引きずって芝居をしている事がもう駄目だ。詰まったら僕は止めるからな。僕はオンリー(※5)は嫌いやからさ。もう一回頭から芝居をやればいいんだよ。

その時は役者さんも恥かかされたみたいに見えるかもしれんけど、後からスクリーンに残るのは役者やからな。役者にとってもいい事なんや。「あの芝居いいな」とは言われても「あのセリフの録音いいな」とは言われないものな。(笑)原田芳雄さんとかは「昔、橋本さんに満座の中で2回もどなられた」と、ふざけて今も言うけど、僕は「そんな事あったかいなー。忘れた」言うて。(笑)佐藤浩市さんや沢田研二さん、桃井かおりさん、大竹しのぶさんなんかは、セリフは詰まってないのに、明瞭やったかどうかをきちんと確認するもんね。

では、映画の録音技師の仕事について教えてください

まずは、シナリオライターが書いた台本のセリフを、映画館で上映される時の事を考えて明瞭に録るという事や。喋り方が監督の描いている人物像や意図に沿っているか、そのシーンに音楽が入るかどうか色んな事を全体的に理解しておかなければいかん。

音楽が入るとセリフが不明瞭になって聞こえにくい時もある。例えば音楽が無いシーンは、5つぐらいのセリフを喋らせても大丈夫やけど、音楽が入る時は3つのセリフを多少テンポを落として喋らせた方がええ。だから監督にも音楽が入るならばそのつもりで撮って、と現場で伝えたりして。

録音の仕事はセリフ、音楽、効果音、アクションノイズが合わさった全ての「音を設計する」事や。僕の場合、準備稿(台本)からセリフや効果音、音楽の入る場所に線を引いておくよ。仕上げを含めたエンディングまでの音の構成はいつもだいたい最初に出来ているんや。音楽家についても、この作品やったら、この人とか"作品に合った人"を探さないといけないしね。

それから台本についても自分が気のついた事は言うかな。これとこれおかしいな、入れ替えた方がいいな、これだったら見てる人が分らんかもな、という風にお客さんの目で客観的に言うんや。シナリオライターの荒井晴彦さん(※6)が「脚本に文句言う録音技師はおっさんしかおらん」と言うてたな。(笑)

録音の技師は現場から少し離れたところにベースを作って仕事をしていますよね。音だけで、現場全体の雰囲気など分りますか

客観的に見ているから全部分るよ。監督やカメラマンの気持ちとかもね。だから、監督が本当は芝居に納得していない時とかカメラの動きが上手くいかなかった時なんかは、僕が「もう一回いってよ」と言って悪者になればいい。年いってるから許されるしね。

橋本さんは現場ではテストの音は録らないそうですね。それに既に現場で音をミックスして一本に整音されると伺いました

僕は現場で余計な音は絞って、最初から一本にミックスしておくよ。ラッシュ(スタッフ試写)を見た時、画面と音が合ってないといやなんだ。画がロングなのに、アップの音が聞こえていたら、画が死んでしまうだろ。だからフルサイズならフルサイズの音にしておく。アップサイズなら低い音をあげてアップの音にする。映画の録音は「画に合った音を録る」というのが基本なんだ。

そこがテレビとは違う。最近は用心の為に映画の録音技師も、取りあえず音を大きく何種類も録っておく場合が多い。その方が仕上げで直せるからね。昔は録音機の取れるトラック数が1チャンネルしかなかったんや。今は8チャンネルとかあるし、ワイヤレスで別々に録っておいて、仕上げでミックスする事も出来るんや。

現場で本番のセリフを録りながら、音量を上げ下げすると、間違えて失敗する事もあるわな。だから取りあえずセリフを大きく録っておくんやと思う。でもな、現場で録る時にその場で加工した「音」と、仕上げで加工した「音」は違うんや。

僕が『豚と軍艦』(※7)をやった時、バー街が立ち並ぶシーンで一軒一軒の店から別の音楽が流れて来るのを1カットの移動で撮るというのがあった。それぞれの店の音楽を一本にまとめたんやけど、そうすると「音」が"動かない"んだな。それで、今度はノイズの音を一本にまとめて、音楽の上げ下げを画に合わせていったら、その方がずっと"音が生きた"んや。だから僕は皆に「生きた音を録れ」と伝えたいね。一発勝負にこだわるんや。音もテストは回さない、本番一発しか録らない。

録音にとって大切な事はなんですか

音の設計を掴んでおく事やね。「音の山場」は「その映画の山場」なんだよ。失礼な言い方かもしれないけど「画」でもって映画の山場を作るのは中々難しいと思う。「画」がいくら綺麗でも、それだけでは山場にはならんな。やっぱり演じる人の芝居とその芝居の盛り上げ方は音楽と効果音の役割が大きいと思う。「音」はつまり芝居そのものや。

「画」は現実に目の前にあるけど、感情表現は画より音の方が表しやすい。画になくたって、例えば人間の感情が盛り上がるところに"波音"を「ドーン」と入れたり、"雷"落としたってええやないか。「画」は映像の四角い枠をはみ出しにくいけど、「音」ならはみ出せるんやからな。

だから感情表現は音でしろっていつも言うんや。どの音を入れて、どれを外すか、取捨選択が僕らの仕事や。例えば画では感じられない事も音で感じさせる事は出来る。画が山側ばっかりでも、波打ち際の音をさせれば、こっち側は海やいう事が分かるしな。反対に画に映っているものでも必要でない音は入れない。シンプル・イズ・ベストや。監督が意図する狙いにはどの音が一番必要か考えるんや。

静かな心情の時は画が荒々しい波でも、波音はさせんで、静かな中でささやいてもええ。勿論それは嘘やぞ、そんな事はありえんもんな。けど、お客さんが嘘や、思わなければいいんだよ。それが『リアルな音』というものなんや。だから映画の『リアルな音』というのはドキュメンタリーのリアルな音とは違う。お客さんがその映画の中に入って、どっぷり浸かってリアルに感じられればええ。それが大事なんや。

『敦煌』の時は何千頭も走る馬の音を一瞬"素(す)"にしている。そうするとお客さんはなんだろうと思うわけやな。そこで「すすめー!!」と言う掛け声と共に音楽をばーんと出す。次に騎馬隊の音。その方が迫力が出るわな。その騎馬隊の走りも実は地震の地鳴りの音なんだよ。そんな風に「何を立たせるか」を考えて設計する必要がある。原作者の井上靖さん(※8)が、あの映画を見て「あれが敦煌の音ですね」と誉めてくれたんや。嬉しかったね。『リアルな音』と言っている訳はそこや。

これを『音の設計』というんや。僕は「音」全体を、音楽的に考えている。効果音、セリフ、音楽…全部やね。音は「録るだけ」じゃ駄目なんや。だから皆にも台本の読める録音技師になれ、書かれているものの中味を把握しろ、と言ってる。もし、監督と僕の台本の内容の受け取り方が違う時は、そこで話し合えばええ。そういう事が大事なんや。

今は色々とデジタル化しているし、音も複雑になったり、要素が多くなってきている。けど、いつも"何が一番大切か"を考えて取捨選択すること、全体の把握『音の設計』が大事なのは変わらん。そのシーンやそのカットだけを見ているともっと音を立てた方がええんやないかと思う事もあるけど、そういう時はいつも全体を見る事が大切や。

最後にメッセージをお願いします

僕は運が良かったと思っているよ。仕事も人生についても、いつ死んでも後悔はせんものな。今も色んな人と仕事するのは楽しいし、出逢いが大切やと思う。僕の生き方の色んな所を見て、いいとこだけを取ればいいんや。分ける財産は何もないけど、皆が育ってくれて、映画界の第一線で活躍している事が一番嬉しい事やな。

インタビュー後記

橋本さんの事をよく知る方は皆さん、こんな風におっしゃいます。「橋本さんは、ちょっとわがままで、個性が強くて、声もでかいし、怒らせると怖いんだよ。だけど、大好きなんだよなぁ。気づくと、橋本さんの為なら、なんでもやりたくなっちゃうんだ。橋本さんは、そこにいるだけでいい。そんな不思議な力を持っているんだよ」と。

私は、橋本さんにお会いする前、そんな話しばかり聞いていたので、少し緊張していました。ですから「わしが駅まで迎えにいってあげるよ」とあっさりと迎えに来て下さった時は、実はとてもどきどきしていたんです。今こうしてインタビューを振りかえってみますと、あの日、橋本さんのお宅まで静かに歩いた何気ない道のりが、とても貴重な時間に感じられます。

私もすっかり気づかないうちに"橋本さん病"にはまってしまったのかもしれません。

『豚と軍艦』
後ろから走ってくる豚の大群

『豚と軍艦』
演出をする今村昌平監督

(※1)ロマンポルノ…1971年にスタートし、男女にとって万古普遍のテーマである「性愛」を追求した自由奔放な映画表現を構築してきた映画群。1988年に終了するまでに1,100本以上の傑作を生み出すと同時に、後の日本映画を代表する監督、スタッフ、俳優を数多く輩出した。
(※2)姫田さん…カメラマン・姫田眞左久。代表作に『牛乳屋フランキー』(中平康)、『キューポラのある街』(浦山桐郎)、『果しなき欲望』(今村昌平)、『にあんちゃん』(今村昌平)、『戦争と人間』(山本薩夫)、『嵐を呼ぶ男』(井上梅次)、『飛ぶ夢をしばらく見ない』(須川栄三)などがある。
(※3)『赫い髪の女』…監督は神代辰巳。1979年作。主演は宮下順子。数あるロマンポルノの中でも傑作と呼ばれた。
(※4)日本アカデミー賞優秀録音賞…『赫い髪の女』はポルノ映画としては異例の第3回 日本アカデミー賞優秀録音賞(橋本文雄氏)と優秀脚本賞(荒井晴彦氏)を受賞した。
(※5)オンリー…例えばあるシーンの画がOKで音(セリフ)のみがNGだった場合、セリフだけもう一度言ってもらう事を「オンリー(録り)」という。画はそのまま使用し、詰まって上手く言えなかったセリフの一部をこのオンリーに差し返えるなどして使用する。
(※6)荒井晴彦さん…シナリオ作家・映画監督。シナリオ代表作品に『KT』『絆-きずな-』『噛む女』『Wの悲劇』『赫い髪の女』『時代屋の女房』など多数ある。『身も心も』では脚本・監督を務めた。
(※7)『豚と軍艦』…監督は今村昌平。米海軍基地辺りの水平相手のキャバレー街で起こる出来事の話し。
(※8)井上靖さん…作家。主な作品に『敦煌』『おろしや国酔夢譚』『孔子』『しろばんば』などがある。