vol.4 編集 川島章正さん

今回は、【編集とはなんぞや】という事を語っていただきます。
インタビューを終えて映画の見方がちょこっと変わったたまこでした。
それでは皆様、良いお年を!!来年も宜しくお願いします。


【最近の主な担当作品】
1983年『家族ゲーム』
1992年『いつかギラギラする日』
1993年『学校の怪談1/2/3/4』
1998年『愛を乞うひと』
1999年『金融腐食列島』 -呪縛 -
2002年『青の炎』
2003年『レディ・ジョーカー』

川島さんは、「編集について簡単に教えてあげるよ」とおっしゃって、4枚のモノクロの画を見せてくれました。それは①『男の子』と②『女の子』と③『皿にのったスープ』と、そして④『死体』の画でした。(因みに、ここではたまこが用意した下手画を使用しております、あしからず)
まず、 この画を上画から下画へと続く一つの映画だと想像して見てください

A

B

C



これはロシアのクレショフとプドフキンという二人の監督が昔作った編集理論なんです。

まず、男の子がいますね。
(A)男の子が女の子を見ています。
(B)男の子が今度はスープを見ています。
(C)男の子は死体を見ています。

それから、今度はおもむろにその並びの順番を逆に変えました

A


B


C


今度はどんな風に思いますか。

(A)「可愛い女の子だなぁ」
(B)「美味しそうなスープだなぁ」
(C)「死んじゃって可哀想そうだなぁ(怖いなぁ)」

とかそういう風に見えませんか。
これは、最初は【男の子が○○を見ている】という単なる《動作や行為》だったものが、絵の順番を入れ替える事によって《感情》が生まれるからなんです。そして、それを色々と組みかえたものが《編集》なんですね。例えばこの4枚の絵もカラーですと、また違う印象です。カラーの場合、女の子のスカート(着物)はピンク色とか限定されてきますよね。情報を一つ提供することで想像が一つ《せばまる》んです。ですから、回想やイメージの時は映像をモノクロにしたり、色を抜いたりして《映像に膨らみ》を持たせて、広がりを見せたりします。勿論カラーの方が綺麗だったり、いいところも沢山あるんですよ。

なるほど。面白いっ

編集には間違った編集、というのは存在しないんです。《面白いか》《面白くないか》《監督の演出意図を得ているか》《得ていないか》という事だけなんです。そして編集のつなぎやオーバーラップなど色んな方法を用いてお客さんを知らず知らずのうちに映像の中に導いてゆきます。

効果音や音楽の入るところを考えながら編集してゆきますか

勿論です。アクションものだけは「これしかない」という《つなぎ》が多いんですけれど、普通の芝居はいつも3通りの編集方法を考えています。ラッシュ(撮影した素材を試写室でチェックする)を見てもすぐには《編集》を始めません。演出の意図を汲んで…だいたい1/4ぐらい見てから始めます。初めて組む監督ですとまだ意図が的確に把握できなかったりしますよね。だけど何本かやると自然に分かり合えてきます。そういう意味でも監督と編集マンはコンビ性になっていると言えると思います。

ラッシュを見ただけで、監督の構成や力量みたいなものは分りますか

分りますね。力量というか「どういう意図」をもって撮っているかという事ですね。分かっていれば「こういう画が必要」とも言えますし。編集者は【技術者】であり、《技術》と《感性》の両方を併せ持つ必要があると僕は思っています。感性だけでは30代でダメになってしまうか、その後すごく苦労するんですね。

川島さんはどうして編集マンになったんですか

僕が生まれたのは東京の昭島市と言って、立川の米軍と横田の米軍に挟まれた環境だったんです。アメリカの兵隊達と一緒に小さい頃からアメリカの映画を見て育った。アメリカ人がどっと笑った後に僕達は字幕を見て、ちょっとずれて笑ったりね。(笑)高校生ぐらいになって、ヨーロッパの映画も見るようになりました。この世界に入る前のそういう経験が、今の僕の血と肉になっています。そこに新しい《技術》というものが加わっていったんです。最初は実はプロデューサーになりたいと思っていたんですが、恩師から「君は編集が合っている」と言われた事や、色々やってゆくうちに、編集は《第2の演出》だと知って、編集を選びました。

映画館で見るときも編集マンの視点で見ますか

助手時代や技師になった最初の頃は《編集》が気になりましたが、今は本当に普通に見ていますよ。

編集マンにはどうやってなるんですか

まず、セカンド助手を2年ぐらいやります。セカンドはチーフ助手やネガマンのお手伝いをして、一通りの仕事の流れを覚えます。フィルムをつなぐ作業を手伝う簡単な技術も身につけます。それから、ネガマンを3,4年やって、フィルムの大切さを習得するんです。撮影したものをばらして現像所へ送ったり、ラッシュの準備をしたり。ダビング(効果音や音楽を入れたりする音の整音作業)の後のネガ合わせをするのも大切な仕事の一つですね。そして編集マンが編集したポジをチーフがつなぎます。チーフを3年かそれ以上やって、編集マンになります。そして編集マンは監督の意図した作品の狙いを活かす為に、技術と感性をもって作品を編集してゆきます。

編集は難しいですよね。これが正解、というのもないですし。私も自分の作品を撮って編集した時、金太郎飴のように存在し続ける編集点に本当に悩みました

例えば『愛を乞うひと』の場合、立つ芝居のところは1コマとばし、逆に座る芝居は1コマダブらせています。テレビのスイッチングと違うのは映画では芝居をダブらせたり、飛ばしたりして印象を変えていること。それには《芝居を把握すること》が大切です。この芝居では、ポーンと立つのがいいのか、ゆっくり立つのがいいのか。《7,3でつなぐ》方法論もあります。例えば兵隊が敬礼するのを引き画で手をあげるところまで7見せて、ポンと寄って3で敬礼させる。刀を抜くときには寄りで3抜いて、引きで7見せるとカッコイイんです。先輩達から受け継がれたそういう技術があります。勿論、「7,3の法則を覚えた」だけではダメなんですけれどね。(笑)色々な方法を編集室で自分で何度も何度も試してみて一番気持ちいい編集を経験で得るんです。

大変だった事はなんですか

チーフの時にやった『野生の証明』ですね。編集室に寝泊まりし、家にも帰れなかった。すごくたいへんだったので、他がもうたいへんだと感じなくなりましたね。でも、たいへんといえば、どれもたいへんだったかな。深作監督の『いつかギラギラする日』ではロックシーンがあるのですが、何度も何度も推敲(すいこう)して編集して、監督に見せました。深作監督が一言「出来てるね」と言ってくれて、直しがなかったんですよ。嬉しかったですねぇ。

初めて先輩と同じ土壌に立てた、日本映画にお返しが出来たし、やっと一人前になれたと意識出来たのは『愛を乞うひと』でした。

どんな人が編集マンに向いていますか

整理整頓が出来る人ですね。どこに何があるか分らないとダメですから。そうすると頭の中も整理整頓出来るようになるんです。女性の職種としても向いています。僕らが入った頃は、それこそ女性の編集者が沢山いたんですから。女性の優しさと緻密さがこの仕事に向いていたのでしょうね。僕は今、3人の女性編集者を育てようとしています。映画は男だけが見るものではないですから、女性が持つ視点も大切ですからね。

いい編集とはどんな編集ですか

う~ん。映画のさばき方、場面転換が上手くて、テンポがいいものでしょうか。芝居がよく分っている編集をしているとか。リズムがよくて、《感動》出来ること。でも、『いい編集』というのは【プロ】の見方ですよね。僕の編集は人より少し編集点が早いんです。テンポがいいと言われるのは、そういう理由かもしれません。一つの作品として全体を損なわないように。

最後にメッセージをお願いします

面白い映画を沢山みて欲しいですね。映画は面白くなければいけないと思うんです。《面白い》というのは色々あって、泣いたり、笑ったり、或いは気持ちに共感出来たりする事だと思います。僕は、自分が携わって作った映画を《同時限》に世界中の人々に見て欲しいと思っています…それが僕の夢なんです。例えばイランの映画は日本に来ていますが、日本の映画は向こうで見る事が出来ないんですよ。映画には《旬》があるでしょう…出来れば《できたて》を世界中の人に見て欲しい。そして《感動》を共にしたいですね。たまたま見た映画で、元気のなかった人が「明日からがんばろう」、そう思ってもらえたら一番嬉しいです。

インタビュー後記

たまこは川島さんを知って10年以上になります。今も昔も変わらない川島さん。フットワークも軽く、挑戦的で好奇心一杯。「編集は楽しいよ~」と今も会う度に廊下の向こうからぴゅ~と飛んでいらっしゃって、ニコニコ話されます。本当に大好きな方です。
自分の仕事を通して「人を喜ばせたい、人に楽しんで欲しい」そういう気持ちが根底にあるようです。①よい仕事をすること、②夢を持ち続けること、③それを実行する"力"、そんな事をいつも学んでいます。《情熱》と《行動》は、いつも何かを動かすものなんですね。